70.凌のココロの処方箋(4)
ショックじゃなかった、と言えば嘘になる。
忙しく動き回る委員達を後目に、5限目の休み時間にバラ撒かれた、非公式の校内新聞を見つめた。
「天使バルサン」を大々的に取り上げた一面の片隅に、ひっそりと取り上げられたちいさな記事…
屈託なく笑顔を交わす、前君と、朝広…宮成先輩の、写真。
別に今更、未練はない。
宮成先輩と別れた直後、前君に出会って、前君に言われるまでもなくその夜は泣き明かした。
この俺が、他人の前でも自室でも、生まれて初めて身も蓋もなく泣き崩れた。
それで気持ちの整理はついている。
日が経つにつれ、この学園で育っておきながら、愚かな期待を抱いていた我が身の恥も、やるせない口惜しさも、宮成先輩への恨みも、薄れて行った。
完全に忘れた訳じゃないけれど。
学園内で、遠目に姿を見かける度、名前を耳にする度、まだどうしようもなく静かに胸が痛む。
それは、後少しの事だと想っていた。
新歓が終わり、体育祭が終わり、夏休みに入り…
最も忙しい1学期さえ終われば、誰しも恋愛云々に心を傾ける余裕等なくなる。
まして俺は2年生。
秋から3年生は学業や後継者教育に追われて、あらゆる部活動、委員会活動から事実上引退の形を取る。
2学期の終業式前には、大々的な役員選挙と引き継ぎ式典が行われる、それまでに日和佐先輩から学べる限り学び取らなければならない。
来年は、俺が風紀委員長に就任するのだから。
そうして忘れて行くのだと想った。
良い記憶、良い想い出として、過去にしたいと想った。
無惨な別れ方だったけれど。
3年生の卒業式典には、笑顔で諸先輩方を見送りたいと、見送るのだと決めた。
俺は強くならなければならない。
「3大勢力」の一角を担う者として、過去から願われ続けて来た先人の想いを未来へ繋げられる様に。
昴や莉人、仁や一成と肩を並べられる、仲間で在り続けられる様に。
前君が、居てくれるから、と。
俺はまた勝手に他人に依存し、安心材料を求めていたのかも知れない。
彼と、良い友人に成れると想った。
彼なら、俺の話にきちんと耳を傾けてくれる。
彼には、誰かを裏切る様な腹黒さはない。
確かな事実なのだろう。
仁と一成が下界で出会い、それは大切にしていた人。
誰より抜きん出て人を見る目がある、昴が認めた人。
「3大勢力」の真実を打ち明ける事に、誰1人反対はしなかった。
前君が俺達の、俺の近くに居てくれるならば、これ程心強い事はないと、俺はきっと誰より喜んでいた。
それなのに、今どうして、こんな虚無感に包まれている?
彼を疑うつもりはない。
彼にどんな邪心が潜んでいるというのか。
宮成先輩が、誰にどんな風に好意を向けようと、俺には全く関係がない筈だ。
2人が幾度か会い、笑顔を交わす事に、どう関与しようもない。
そこに何か特別な感情が生まれようと生まれまいと。
だけど、どうして。
どうして前君は、何も言ってくれなかったのだろう?
仕事をしなくては。
天使の転校で、明々後日の新歓の警備配置を考え直さなければならない。
今日の波乱の影響で、各親衛隊が荒れる事も計算に入れなければ。
皆、学園を守る為に、働いている。
俺だけ怠けて休んでいる場合ではないのだ。
それでも視線は、開かれたパソコン画面より、校内新聞へ向けられてしまう。
深淵から沸き上がって来る、得体の知れない黒々とした感情が、とても恐ろしい…
その時、携帯の振動がなければ、俺はどうなっていただろうか。
起こり得なかったif、起こり得たかも知れないifを、つい考えてしまうのは人間の悪癖だろう。
いつでもただ、今この一瞬を見据えて歩き続けるしかないのに、子供の俺にはまだ理解出来ていなくて、随分大人になってから回想する事となった。
『件名/急に連絡して悪い
奇妙な転校生が来た上に、新歓前で忙しいのはわかってる。
俺からメールって迷惑だよな…
でも、凌とどうしても2人で話がしたい。
今日、何時になっても良い。
ずっと温室で待ってる。
(柾に今日だけって事で了解貰った。勝手にごめん)
宮成朝広』
2011-06-07 21:17筆[ 325/761 ][*prev] [next#]
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