64.お腹いっぱいになったら、考えよう


 はふ〜………
 おいしかった………
 それはもう、おいしかった………
 じんわり甘いドライトマトの存在がなんとも愛おしいカスクート、まだあったかいとろっとろのホワイトソースとチーズと目玉焼きのバランスが絶品のクロックマダム、憧れのサワー風味が効いた本格的な黒パンのサンドウィッチ、さつま芋とりんごとレモンに恋をした清涼でほっこほっこのサクサクデニッシュ、ジューシーさをまるで失っていない炭火焼の肉巻おにぎり………
 オマケに先輩が分けてくださった、今朝仕込んだばかりのとろりんカスタードクリームたあっぷりのふわふわクリームパン………
 おいしかった………!

 全部こぶりなサイズだったから、たっくさん食べてしまった〜…
 食後までも素晴らしいおいしさが、感動が、嬉々として全身を駆け巡っておりますよ。
 「北海道限定出荷!のほほん牛乳100%使用/濃厚クリームティー・オ・レ」を味わいながら、しあわせ気分に浸れる、このしあわせなこと!
 う〜ん…程よいミルクの甘みが主張しつつ、セイロンウバの香りがしっかりと引き立ち、尚かつ意外に爽やかな後口が堪りませんなぁ………
 こののほほ〜んとした表情の、牛のふにゃあっとした笑顔のイラスト…クレパスでさらっと描いたようなシンプルなパッケージもツボです…
 素敵な食事の最後を彩るに相応な、素敵な飲みものに全面降伏致します。

 しかも。
 お楽しみはまだまだあるのです。
 3種のベリーデニッシュとクロワッサンたちは、今日から明日にかけて、俺の大事な大事なとっておきのおやつになるんだ〜!
 くふふ…すっごく楽しみ!
 ああ、おいしいものって、どうしてこんなにも人をしあわせ気分に満たしてくれるのでしょうか。
 同時に、どちらさまのパンたち…いいえ最早これは作品…なのか、後程先輩に詳しくお伺いするつもりですけれども、俺もいろいろなパンを自在に焼けるようになりたいなぁと想う。
 シンプルで作りやすいパンしか、焼いたことがないんだよねぇ。

 パン焼き職人さんへの道程は遥か彼方だけれども、職人さんレベルと行かなくても、バリエーションが持てたらいいなぁ。
 自分のパンで作ったサンドウィッチランチとか、具だくさんのよぅく煮込んだスープと自家製パンのランチとか…
 基本はごはん食がモットーの我が店ですが、たまにはパン食だっていいよね!
 あったら嬉しいよね!(俺が)
 まだ決めかねてるけど、朝から晩まで営業するとしたら…朝ごはんセットのひとつにパンのモーニングもいいし、お仕事帰りのお客さまの為に、おつまみ的な感じでサンドウィッチがあってもいいと想う。
 う〜ん、夢は膨らみますなぁ…!
 先ずは自在に小麦粉を操れるようにならねば!

 などと、しあわせを満喫していた俺なのですが。

 「………ぶふっ…百面相が止まりやがらねえ…!脳内妄想だだ漏れ…ぶくくっ…」

 横から聞こえてきた、無遠慮極まりない笑い声に現実に引き戻されたのでした。
 ちらっと様子を窺うと、もうすっかり隣人さんは完食しており、持病(=笑いの沸点低いんです笑い上戸病)に苦しむが如く、お腹を抱えて肩を震わせていらっしゃる。
 ため息を吐きたくなりましたが、そこは我慢しなければなりません。
 折角のしあわせなお昼ごはんがパァになっちゃいます。
 そして。
 俺は、この笑い上戸病の御方に、きちんと言わなければならないのです。
 「………そんなに笑い転げていると腸捻転になりますよ…?」
 いえ、そうではなく!
 「ちょうねんてん…!!だから俺を笑かしてんのは陽大だろ…!」
 「俺はいつでも至って真面目に生きて居ります。好き好んで柾先輩を笑いのるつぼへご招待している訳ではありません」

 そうじゃなくて。
 もう声もなく笑っている先輩に、ほんとうにため息を吐きたくなったけど、とにかく言ってしまうことにした。
 「………いろいろ、ありがとうございました」
 「あ?」
 「ですから、いろいろ、です。お昼ごはんも、すっ…ごくおいしかったです。ごちそうさまでした」
 ぺこりと座ったままで恐縮ながら頭を下げたら、笑いのるつぼから復活した先輩はきょとーんとしたお顔の後、普通に微笑った。
 「どういたしまして。美味かったなら良かった。元気になったみてえじゃん」
 いっそ苛立たしい程に、男前の笑顔、何故俺1人が目撃しなければならないのでしょうか?

 「北海道限定出荷!のほほん牛乳100%使用/宇治抹茶ティー・オ・レ」(因にパッケージには茶器が擬人化した絵柄があり、こちらものほほんとした表情で実にお可愛らしい)をおいしそうに飲み干された後、柾先輩は開かれた仕切りの向こうへ視線を向けられた。
 「特に目立った動きは無さそうだな…悠達はとっくに生徒会室か。日和佐先輩達は直に九と接触してねえけど、一部風紀委員は遭遇か…計算外で武士道って所だな」
 そんなことを呟かれて、目が点になった。
 まさか、食事しながらも外の動向に気を留めていらっしゃったのだろうか。
 目が点になったままの俺を、先輩の真摯な瞳が振り返った。

 「陽大、パンの作り手が知りてえだろうけど、それはまた後日な。取り敢えずお前、武士道に連絡したから今日はもう帰りな。ジャイ●ンが早退の手配してくれたし、どの道5限始まってる。5・6限のノートとか、A組の奴らがどうにかしてくれんだろ。新聞報道部は押さえる…今日の一面は確実に九だろうが、それでもスッパ抜かれてたら、明日からの事はまた考える」
 へ?
 後半、よくわからない内容が混じっていて、首を傾げた俺に先輩は苦笑した。

 「お前に他意が無えのはわかってるけど…たまに宮成先輩と昼、一緒してただろ?どっかからリークされたのが新聞報道部に流れてる。別に誰と何してても良いんだが…宮成先輩は凌と別れたばっかで、陽大は学園の注目株だ。それだけで大スクープになるんだよ、此所では。両者にどんな想いがあろうと関係無え、絵面が面白かったら何でもネタになる。学園の特性上、どう仕様も無え。
 とにかく、陽大のスクープが続くとちょっとヤバくなるから、当面は武士道と一緒に居な」



 2011-05-14 12:03筆


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