63.とにかく、おいしいものを食べよう
今食堂で起こっているらしい騒動、情報をチェックし続けておくから、取り敢えず先に昼食を取ってしまいなさいと、まかべ先生に言われた。
恐縮ながらお言葉に甘え、買って来た…買って頂いたお昼ごはんに集中することにした。
分厚いカーテンで仕切られ、個室化したベッドの1つを空けて頂き、椅子代わりに腰掛けたら、すぐ隣へ柾先輩もやって来た。
学校が始まる前、初めて先輩と直に接した時を彷彿させますなぁ…
半開きになったカーテンの隙間から、先生方が携帯電話を操作したり、パソコンを触ったり、どなたさまかに指示を出しておられる声が聞こえてくる。
あの時と違って、誰かがいる状況下で、ちょっと安堵していた。
この御方と2人にされてしまったら、俺はどうも、自分のペースを保てなくなってしまうから。
ただでさえご多忙で、更に秘密の肩書きをお持ちの先生方が、俺のぐしゃっとなったお弁当を平らげてくださった上に、テキパキとお仕事していらっしゃる。
とにかく急いで食べようと、充実した紙袋にそろりと手を伸ばしたら。
もう既になにやら非常においしそうなハード系のパンを、もくもく口になさっておられた柾先輩から、冷静なお声が飛んで来た。
「慌てなくて良い。ちゃんと味わって食えよ」
「で、でも…!味わいますよ、味わいますけれども、それどころじゃ…!お昼休みももう終わりますし!」
はっ!
後できちんと直談判してお返しするつもりですけれども、買って頂いておきながら、ご本人さまの目の前でとんだ失言だっただろうか!
俺様が与えてやった食物に対して一体どういう了簡だ、ぐらいのことは言われてしまうかも知れない!
ヒヤっとなった俺に、けれど、柾先輩の眼差しは揺らがず穏やかだった。
「急がば回れ」
ガサっと、ろう引きの紙袋…勿論、食べ終わった後は柾先輩の分まで頂戴して俺の素敵紙袋コレクションに加える気満々です!…の底をおもむろに探り、紙パックを取り出されたかと想うと、それを「ん」と手渡された。
「北海道限定出荷!のほほん牛乳100%使用/濃厚クリームティー・オ・レ」ですって?!
なんですかこの素敵飲み物はと、目を丸くする俺を後目に、先輩は先輩で「北海道限定出荷!のほほん牛乳100%使用/宇治抹茶ティー・オ・レ」を取り出している。
っく…それもおいしそうじゃないですか…!
突然現れた素敵飲み物に意識を取られていると、ふっと空気が緩んだ気配がして、なんだと目を上げれば柾先輩が微笑っていた。
「今、陽大が最優先する事はメシをちゃんと食う事!今日から暫く厄介事が続きそうだ。現にウチのOB方が走り回る程、一騒動も二騒動も起きてる。腹が減っちゃ戦は出来ねえ。食欲なくても食える時にちゃんと食わないと保たねえ。冷静に現状見つめて前向きに行動する為には、てめえの気持ち出し切って、腹を満たして、後は風呂入って寝る!だろ?
昼休みは確かに終わりだけどさ、陽大、もう今日は早退した方が良い。後で説明するけど、武士道が迎えに来られる様に手配しとくから、午後はゆっくりしてな。俺は元々今日は新歓の追い込みで授業免除、午後から生徒会室行きって予定だったからフリーダムだし。
他人を気遣えんのはすげぇ良い長所だけど、陽大はちょっと気ぃ遣い過ぎ。もっと自分本位で良いんじゃね?メシぐらいゆっくり食わねえと。職員棟専用売店で昼メシ買えるって、中々無え僥倖だしな」
どこか愉しそうな、朗らかな様子の柾先輩(パンのお陰で空腹の切実さが消え、心にゆとりが生まれたのでしょうね)だけれど。
だって、俺は。
「……俺は、ずっと、自分本位です、よ…」
周りに気を遣えているのならば、あんな事態は起こらなかったはずだから。
ちいさな、反論とも呼べない気弱な言葉に、先輩は苦笑を浮かべておられる。
「まーまー、とにかく食ってみろって。これがドライトマトとベーコンとオリーブのカスクート、こっちは特製ホワイトソースが極美味のクロックマダム、まだ熱いから気をつけな。これはホワイトチョコレートとクランベリーの葡萄酵母パン、こっちのデニッシュはさつま芋とりんごとレモン、こっちはタルト風・3種のベリーデニッシュ。ドイツ仕込みの黒パンにはクリームチーズとサラミとコールスローがサンドしてある。クロワッサンのは、クロワッサンザマンドとショコラとパルメザンチーズの3種類。あと肉巻きおにぎり。その紙パックのは老舗茶屋のほうじ茶な」
なんですって!
紙袋から次々と登場なさった、大量の素敵食べものたちの出現に、俺はどんな憂いも忘却の彼方、ひとつひとつに身も心も奪われてしまったのでありました。
2011-05-11 23:20筆[ 318/761 ][*prev] [next#]
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