60.風紀委員長の風紀日誌―頭痛考察―


 本日5月某日火曜日、うんざりする程晴天。
 朝から今に至る迄頭痛止まる事知らず。

 柾からの提案で、我々「3大勢力」は当面「天使バルサン」との接触を不自然にならない程度に遮断、経過観察する事になっている。
 しかし、初日でこれか…
 ひっきりなしに舞い込む報告書片手に、虚ろに昼食を口に運ぶ。
 ルームサービスで取り寄せた、味気のない食事だ。
 クンちゃん…じゃない、前陽大の弁当は明日だったか。
 何と待ち遠しい事か。
 否、無事に明日の朝日を拝めるものか、天使バルサンの数々の快挙のお陰で為すべき対処に忙殺される、我が心身の無事に懸念が多い。

 明々後日には新入生歓迎会という、おぞましい遊戯会が待っているというのに…!

 機械的に明日の我が身の為に栄養を摂取していたら、左手が軽くなった。
 「委員長、消化に悪いです。食事が終わってからで十分間に合います」
 こちらも決して芳しくない顔色の凌が、書類の束を取り上げてくれたのだった。
 「…あぁ、そうだな。済まない、凌」
 「いいえ…他人事ではありませんから。お茶です、どうぞ」
 「有り難う」
 入れたての熱いほうじ茶を飲む。
 積まれて行く未処理の書類ケースに、俺から取り上げた書類を凌にしてはいささか乱暴な手付きで放って、自席に着く様を見守った。


 今や天使バルサンだけが問題ではなかった。
 クンちゃ…じゃない、前陽大に、またも大きなスキャンダルが発覚しようとしている。


 転校初日早々、美山を手中に取り込んだバルサン。
 あろう事か、バルサンも美山も前陽大も同じクラス、1限終了後早々にこの3人間でA組を巻き込んだ1騒動勃発、美山と前陽大が対立の様相を見せたとの報告。
 それを機に、好意的に見守っていた美山の親衛隊(本人は認めていないとの1点張りだ)が、前陽大に対して不信感を抱き始めている…
 美山の親衛隊員の殆どが美山のお手付きだ、何処より複雑な隊だけに、独自の動きを見せるやも知れん。
 災厄はこれだけに留まらない。

 前陽大が、宮成と接触していたとのタレコミだ。
 新聞報道部がこのネタを掴んでいたら、「学園の母」「3大勢力のお母さん」なのだと認識され落ち着いていた状況が、全て無に帰す。
 柾が敷いた、前陽大の保護網に大きな綻びが生じてしまう。
 因りにも因って宮成…!
 あののほほんとした前陽大には無論、何の邪な気持ちもないのだろう。
 凌と宮成の別離に遭遇した際は、親身になって凌の側に居たそうだ。

 底抜けのお人好し、他人に同調し、細やかで優し過ぎる心遣いを無防備に惜しみなく供する、現代において奇特な人物。
 柾の評価に異論はない。
 寧ろ、凌と最初に接点を持ったからこそ、宮成とも接触すれば交流する、良き先輩後輩の仲ではないだろうか。
 前陽大は前陽大なりに、この学園の悪しき風習を憂い、かと言って他者が…単なるまだ子供の我々が、どうする事も出来ない事実を真摯に見つめようとしているのではないのか。

 凌や宮成が「3大勢力」に関わっていなければ、双方へ近付く事に然程問題はなかった。
 問題は、「現・3大勢力」と「元・3大勢力」がかつて恋愛関係にあり、ごく最近別離を迎え、スクープされたばかりだという点にある。
 更に前陽大は入学早々、新聞報道部の標的で、もう2度も大々的に取り上げられている。
 そして学園は…人間社会は、近くの平和より遠くの波乱を喜ぶものだ。
 前陽大は概ね受け入れられ、A組を始め好意的に見ている者が大半、しかしまだ、彼の立場は確固たるものではない。
 風が吹けば、容易にその足元は揺らぐ。
 彼の笑顔よりも、泣き顔や虚ろな表情を望んで居る者は、未だ多数潜んでいる。

 まして今、学園は天使バルサンが台風の目となって、嵐を巻き起こしている真っ直中。
 前陽大は非常に危うい足場に、不安定に立って居る。
 柾の知略と武士道の粛正、所古と十左近の協力、我々風紀委員会の警戒と取り締まりで治まるものかどうか…
 凌は、事を知ってから何も言わない。
 この冷静沈着で穏やかな質の凌が、本気で好いていた宮成と目を掛けて居た後輩の、ひそやかな交流に何を感じているのか。
 プライベートには踏み込めん。
 凌が私情で動くとは想えないが、例え前陽大に何の罪も無かろうと危うい状況に変わりない。
 恋愛は、人を狂わす。
 狂気の沙汰は、この学園でも哀しいかな、珍しい事ではないのだ。

 ああ、クン…じゃない、明日は君のタコウィンナー…弁当と無事会えるだろうか…
 勿論食い気だけではない、呑気なへにゃへにゃ笑顔が、今頃曇っているかも知れないと想うと、我が胸も流石に痛むのだ。
 「――……ただ今戻りました、委員長、副委員長……酷い目に遭いました…」 
 胸を抑えていた所、食堂にてバルサンと生徒会が遭遇しそうだとの非常事態を治めるべく、出払っていた委員達が這々の体で戻って来た。
 瞬間、頭痛が増し、「御苦労。俺も直に食べ終わる。鎮痛剤を飲むまで待機して居てくれ」と我ながら弱気な事を言ったのであった。



 2011-05-03 23:17筆


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