57.無理


 「お、昴君!らっしゃい!」
 「ちはーゲンさん。まだある?」
 「当然!給料日後だからな!おやつ&夜食組もまだ来てねぇ、だから例のアレもほれ、この通りでいっ!」
 「ラァッキ、じゃ、俺はいつものパターンで」
 「あいよーっ!」
 職員棟1階の突き当たり、出入り口前にひっそりと佇んでいた売店。
 黒と白のシャープなデザインの店構えは、外国の小洒落た雑貨屋さんという風情だった。
 食べものの他、恐らく先生方の為だろう、いろいろな事務用品も取り扱っていらっしゃるようだ。
 売店では、熊さんみたいにがっしりした、昔気質の商店さん…八百屋さんとか魚屋さんとか…のような気っ風のいい男性がひとり、お店番をなさっておられた。

 たどり着くなり、なにやら常連の雰囲気、親しげなやりとりが始まって唖然としてしまった。
 柾先輩はほんとう、年上の方々に可愛がられる御方みたいだ。
 と言うか、ここは職員棟。
 あくまで先生方の滞在される建物であり、生徒が気軽に立ち入りできる場所ではない。
 それなのに職員棟専用の売店で常連さんということは、先輩がここへ入り浸っているということ。
 いろいろなことを抱えていらっしゃるだけに、あちらこちらで顔が利くのも道理なのだろうな。
 それにしても、おいしそうなパンやデリが並んでいる様子に、急にお腹が減ってきた。
 どれにしようかなあ…


 「ところで、そっちのちまっこいのは誰だい?!まさか遂に昴君にも春が?目出度いねぇ!」


 ……え?

 小指を立てて、がははっと豪快に笑う店主さん。
 目が点になり、言葉の意味を理解してから、俺は即座に否定させて頂いた。
 冗談でも受け付けけられませんとも!!
 「「無理無理無理無理」」
 って、なんですか?!
 先輩まで同時に俺に被せることないでしょうが!
 「ワッハハ!それだけ気が合ってて何が無理なこったい!よくよく見ればチビ、犬っころみてぇに愛らしいツラしてんじゃねぇか!ピーピーきゃーきゃー言って野郎の癖に化粧までしくさってる昴君の親衛隊なんかよりずっとまともで可愛いもんだ!
 悪い話ばっかりで浮いた話がとんとなかった昴君にゃあ、これ以上ない素晴らしい良縁だろうよ。よしよし、俺が陰から応援してるでな。さてチビっころ、何にする!」
 
 何故、勝手にお話を進められているのでしょうか…?

 「……誠に僭越ながら、俺はご覧の通り平凡で地味な姿形に性格なものですから、このような学校の頂点に君臨されておられるトップアイドルさまとは本来全く無関係、無縁なのでございます…柾先輩御本人さまは勿論のこと、先輩のファンの皆さまにも大変失礼に当たりますので、申し訳ありませんが冗談でもお控え頂ければ幸いに想います。本日はたまたま、たまたま!行動を共にさせて頂いているだけでして、俺は今後も地道な学校生活、人生を歩んで行く所存でございます。
 それと、俺はチビではありません…今は若干低めにカテゴライズされておりますが、まだ高校1年生に上がったばかり、必ずや成長期を我が物とし高身長を手にする運命となっております。3年間の成長をご期待下さい。
 あ、申し遅れました。本年度から十八学園にお世話になっております、1年A組の一般生徒、前陽大と申します。勝手に職員棟へお邪魔して申し訳ありません。以後気をつけますので、どうか本日だけは見逃して頂けましたら…必ずやこのご恩はお返し致します」

 ぺこりと頭を下げたら、「ワッハッハ!」という豪快笑いと、「ぶはっ!」という笑い上戸病が同時に聞こえた。
 「面白ぇチビっころじゃねぇかー!昴君、何処で見つけて来たんだ?」
 「ぶぐぐっ…若干低めにカテゴライズ…!若干…!高身長を手にする運命…!陽大、客観視って言葉知って…痛って!お前な!ゲンさんの目の届かない所で足踏むなよ」
 「あら、すみませんー俺ったら気づかなくって!先輩の足があまりに長いからですねーイイデスネ、高身長ですものねー…今すぐそのムダな身長数10センチ、俺に分与したらいい…!」
 「怖っ!何の呪詛だよ。しかも数10センチって、どんだけ欲深いんだか…」
 「欲深い…?っふ、これだから高身長の方々と来たら…まるで世界をご存知ないんですね?」
 ふんっと横を向いたら、「ゲンさん」さんが更に大声で笑った。

 「何でぃ何でぃ、既に夫婦漫才の域じゃねぇか!よっ、お2人さんっ!」
 
 めおとまんざい…?!

 「だからゲンさん、違うし無理だっての。こいつは俺が手ぇ出して良い奴じゃねえのよ。何せガキ共のお母さんだから。アイドル云々よりよっぽど最強だろ」
 「ふーん…?お母さん…?よくわかんねぇが昴君がそんだけ昴君らしい姿、初めて見たのになぁ…そりゃあ残念だ、お似合いなのによー」
 「………冗談はそれぐらいでお願い致します……」
 もう、勘弁してください。
 ここにいるだけで、試合前の切羽詰まったボクサー並に減量できてしまいそうです。
 「つか、メシ売って〜俺ら昼まだでさ。陽大も俺と同じので…と、こいつには例のアレとアレもつけてやって」
 「あいよっ!よし、チビっころには特別大サービスでぃ!」

 大きな紙袋を渡されて、なんだなんだとワクワク中を覗いている内に、お会計という名のカード清算が終わっていた。
 「毎度っ!昴君もチビっころもまた何時でも来てくんなぃっ!」
 「ありがとーゲンさん。またねー」
 行くぞともうスタスタ歩き始めている柾先輩と、にこにこ手を振る「ゲンさん」さんを交互に見ながら、慌てて頭を下げた。
 「あ、ありがとうございました!お世話さまでした!」
 「何の何のー!またな、チビっころ!」
 「チビではありませんが、またご縁がありましたらよろしくお願い致します!」
 ぺこぺこしながら、もう遠くにいる先輩を追いかけた。
 こんなところで置いていかれたら、俺、間違いなく迷子ですから!
 というか。

 「先輩!あの、お金がっ」
 「あ?要らねえ」
 「要らねえことありませんっ!けじめはつけさせて頂きます」
 「要らねえっての」
 「要らねえことありませんってば!」
 またもぐるりと回り込んで進路を阻んだら、柾先輩はなんだかうんざり顔でため息。
 「あのな、陽大。俺、すげえ腹減ってんの。もう限界な訳。そういう時に面倒な話しないでくれ、頼むから。黙って奢られててくれ。話は食った後だ、後」
 う…
 そう言われると、弱いです。
 俺の所為で、お昼休みが大幅にロスされているのですから。
 居たままれなくなって、申し訳ありませんと俯いたら、頭にぽんぽんっと手が乗って。
 その手に、腕を引かれる形で歩き始めた。

 ブレザー越しにも伝わる、柾先輩は体温が高めなのか、温かい指先の熱。
 すこし前を歩く、凛と伸びた背中を見上げながら、今度は黙って、静かにされるがままに歩いた。
 ようやく戻ってきた保健室、先輩の見通しは正解で、ぐしゃぐしゃだったお弁当はキレイに完食されていた。
 先生方から過分なほど、おいしかったとお礼を言われて、身の置き場がなかったのは束の間。
 すぐにシリアスな空気に満ちた室内に、どきっと心臓が揺れた。


 「早速ヤッちゃってくれてるわよ、転校生クン。食堂でバスケ部ルーキー音成クンと美山クンを引き連れて大騒ぎ。挙げ句、生徒会の天谷クンと無門クンと七々原ちゃん達に接触したんですって。騒動を止めに風紀が動いてるらしいわ」



 2011-04-29 23:29筆


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