52.孤独な狼ちゃんの心の中(8)


 マジでダリぃ…
 「っクソがっ…」
 そこらの机を蹴飛ばせば、まだ居たらしい、2年だか3年だかとにかく年上の性欲処理マシンが、びくっと肩を震わせた。
 イライラする。
 「…ウゼぇ…とっとと消え失せろ」
 「美山様、」
 「2度も言わせんな…!!消えろ!!」
 見る間に怯えた瞳は透明な膜を張り、乱れた衣服を抱き締める様に「センパイ」と言う名のマシンは出て行った。
 「っち…」
 手近な机を更に蹴飛ばして、けど、一向に気分は晴れなかった。

 イライラする……
 距離を空けても治まらねー。
 ヤっても治まらねー。
 物に当たり散らしても治まらねー。
 脳裏に、犬みてーにつぶらな眼差しがこびりついたまま、離れない。
 何だっつーんだ。
 やっと数が少なくなって来た、忌まわしいカーネーションまで頭に浮かんで、更に苛立ちが増した。
 とりわけ青い花を大事にしている様まで想い出した。

 もう後はケンカしかねーか…
 今日はこのままフケて、下界に下りるか。
 空き教室を出た所で、聞いた覚えのある声に捕まった。
 「あ―――!!ミキ、やっと発見したぁ―――!!」
 声がしたと同時に、凄まじい勢いがついた黒い塊に体当たりされ、気怠い身体がフラついた。
 キレかけたが、顔を上げたソイツに衝動が下がった。
 「……穂」
 「バカバカ、ミキのバカっ!!オレ、どんだけ探したか…!!必死で追っかけて名前呼んでんのに、ミキ、急にふらっと居なくなって…!!オレ、オレ、どんだけ不安で心配だったか…!!転校して来たばっかなのに、ミキだけが頼りなのにっ、どうしてオレを置いてくんだよっ?!もうヤダ…心配かけさせんなよっ!!心臓止まりそうになったんだからなっ!!」

 コイツ、まさか、泣いてる…?

 ぶつかって来た衝撃だろう、ズレた分厚い眼鏡から見える瞳は、意外な事にハーフなのかクォーターなのか、どこか青みがかった薄い色で、透明な涙で覆われていた。
 綺麗だと、想った。
 その言葉通り、穂はマジであちこち探し回ってたんだろう。
 頬は赤いし、息が切れてる。
 誰も見向きしない、誰も放置する存在の俺を、穂はずっと探してた。
 さっきまでのムカつきが治まって行く事に、俺自身が驚いていた。

 「……穂、俺を探してくれたのか」
 「あったりまえだろ?!オレ達、親友だろ?!親友なら親友を心配するのは当たり前だっ!!それに、オレはミキだけが頼りなんだからっ!!つか、今の今まで何処で何してたんだ?!ちゃんと言えっ!!」
 親友………
 親友だっつーなら、汚れた俺でも、受け入れられんのかよ?
 「セフレとヤってた」
 「……え…?」
 「セフレとヤってた。セックス。いや、アイツはセフレじゃねーか…その辺に居る奴に声掛けたら、すぐヤらしてもらえんだよ、俺」

 穂、お前も俺から離れたら良い。
 わざと笑ってやった次の瞬間、目の前で火花が爆ぜた。
 急に焼けた様に熱を帯びた左頬。
 口の中に広がる、鉄の味。
 「てめっ…!」
 けど、殴られた怒りに我を忘れる余裕はなかった。
 「バカっ!!!!!」
 想いっきり怒鳴られた。
 ひと呼吸置いてから、穂が飛び掛かる様に俺の両腕を掴んだ。
 

 「何考えてんだよ!!何笑ってんだよ!!何でそんな哀しい顔で無理して笑ってんだよっ!!
 セ、セフレとか何とか…そんなのダメなんだぞっ!!!!!あ、愛がないと、そういう事はしたらダメなんだっ!!!だって、自分が虚しくなるだけだろ?!ミキだって、好きでもない奴とヤっちゃったから、そんな風にイライラしてんだろ?!全然、み、満たされてないんだろ?!そんなのダメだ!!そんな事しちゃダメだ!!
 ミキがかわいそうだ!!
 まだ若いじゃん!!自分をもっと大事にしろよ!!ミキの気持ちをもっと大事にしろよ!!そんな虚しい事、男同士で無理にしなくても、ミキにはオレが居るじゃん!!オレ達親友じゃん!!親友と遊んだ方が絶対楽しいに決まってるっ!!ミキは青春の使い方を間違ってるよっ!!今からでも遅くないっ!!なぁ、オレが側にいるからやり直そうよっ!!ちゃんと見ててやるから、ミキはオレだけ見てろよ!!」


 チビのクセに、信じらんねー強い力だ。
 強い、引力。
 ぎりぎりと腕に食い込んでくる指の力に、コイツが本気なんだとわかった。
 本気で言ってる、本気で俺を見て、俺の目の前に存在してる。
 「誰か」とは大違いだ…
 いつでも大勢に注目されていて、曲がった事が嫌いで、説教ばかりして来やがる…
 「アイツ」はきっと、セフレの存在なんか知ろうものなら、俺を軽蔑するんだろうな。
 目の前の穂との温度差に、笑えた。

 「いいな、ミキ?!もうオレから離れたりするんじゃねーぞっ!!次、セ、セフレとか関係持っちゃったら、完全にボコるからなっ!!わかった?!」
 「……わかった」
 穂のストレートさは、居心地が良い。
 久し振りに外の空気を吸った様に、新鮮で気分が良い。
 穂が与えてくれるものこそ、俺が求めていたものなのか。
 「よしっ!!じゃ、腹減ったしっ!!メシ食いに行こうぜー!!オレっ、オレっ、食堂行ってみたいっ!!」
 今泣いたカラスがもう笑ったというヤツか、穂は唐突にテンションを上げて笑った。

 面白いヤツだ。
 しかし食堂か……
 気乗りしねーが、穂が行きたいならそれで良い。
 アイツも今日は居ないだろうし。
 「わかった。連れて行ってやる」
 「おうっ!!」
 「つか穂、眼鏡ズレてる」
 「!!!!!やっべ…!!」
 「そんなに視力悪いのかよ」
 「お、おうっ、そんな所デース」
 「急に片言かよ…変なヤツ…コンタクトのが良いんじゃねーの」
 「だ、ダメダメダメっ!!無理っ!!オレはこの眼鏡が好きなんだぜっ!!」
 「あっそ…」

 まぁ、良いか。
 眼鏡の下の綺麗な瞳は、俺だけ知ってりゃ良い。
 
 俺は随分落ち着いた心持ちで、「食堂!!食堂!!オムライス!!」と跳ね回るハイな穂の隣を歩いた。



 2011--04-23 22:48筆


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