45

 
 職員棟は、一般校舎1階から中庭を抜ける渡り廊下を挟んだ所にある。
 先生方が普段いらっしゃる建物で、各教科毎に分かれた部屋、学年別の教科準備室、ミーティングルーム等があるのだとか。
 用がない限り生徒の立ち入りは禁止されている為、詳しくは知らない。
 すんなり入れて頂けるかどうか…
 柾先輩がいらっしゃるなら、どうにかなるのだろうけれど。
 とにかく、人目を避けるように急いだ。
 昼休みという時間帯が幸いして、大方の生徒さんが食堂へ向かわれたり、教室で過ごされる。
 職員棟へ繋がる道筋は閑散としており、すこしほっとした。

 なんとか1階まで下りた。
 あとはここをまっすぐ行ったらいい。
 
 平静を装いながら、気は動転していたのかも知れない。

 いきなり、「何か」に勢いよく衝突してしまった。
 バランスを失った身体、足に力が入らない…
 やけにゆっくりに感じた瞬間。
 支えになるものなど、どこにもなく、このままだと廊下に倒れる…?!
 と判断した俺は、お弁当だけはなんとしても守らなければ!と、紙袋を抱きしめて目を閉じた…筈、だった。
 「?!」
 強い衝撃に目を開けたら、俺ひとり、廊下に顔面から突っ伏していて。
 抱えたつもりのお弁当の存在が、身体の下になくて、冷たい廊下の気配だけで。

 お弁当は?!
 
 慌てて頭を上げて、息が止まりそうになった。

 いつの間に…?

 数人の生徒さんが、突っ伏した俺の前に距離を空けて立っておられ、こちらを見下ろしておられた。
 お弁当は視界の隅、無惨にひっくり返っているのがわかった。
 ネクタイの色が鮮やかな緑とブルー、ということは先輩さん方だ。
 皆さん揃ってとても整ったお顔立ちの方ばかり、猫のようにくるんと大きなキャッツアイが特徴的だった。
 「す、すみません…!もしかしなくても、当たってしまいましたよね…?前方不注意で歩いておりまして…申し訳ありません!先輩方、お怪我はありませんでしたか?!」
 慌てて起き上がり、頭を下げようと、想ったのだけれど。

 再び訪れた衝撃に、今度は、お尻をつく形で廊下へ戻された。
 目を、見張ることしかできなかった。
 瞬きを忘れた瞳に、確かに、1番前にいた先輩さんが、両手で俺を強く押した様子が最初から最後まで見えたから。 
 ざわりと、胸が震えた。

 容赦なく降り注ぐ、無機質な視線、言葉。

 「調子乗ってんじゃないよ、外部生の分際で」
 「美山様の同室ってだけで許せないのにっ…」
 「美山様がお前を認めていらっしゃったから、黙認してあげてたんだからねっ」
 「お前、最っ低。3大勢力の皆様ばかりか、学園中に尻尾振りやがって」
 「ヘラヘラしてりゃ許されると思ってんだろ?」
 「この学園の事、ナメてんじゃないよ?」
 「美山様と関係キレたなら、お前なんかもう終わりだ」
 「ナニが弁当シフトだっつの…笑わせる」
 「お前なんかに何が出来る?何がわかる?」
 「美山様を利用するだけ利用しやがって!」
 「お前の所為で我々の秩序がメチャクチャだ」
 「どうしてくれんの?責任取れよ」
 「以前の美山様のほうが美山様らしかった!」

 「……信じていたのにっ」

 次々と浴びせられた言葉の中、最後の、独白のような言葉が、1番、痛かった。

 とても、重かった。
 恐らく、この方々は美山さんの関係者さん…お友だちさんか、親衛隊さんなのだろうか。
 俺が美山さんを怒らせてしまったことをご存知なのだろう。
 ギシギシと胸が痛んだ。
 立ち上がる気力もなく、せめてもと、廊下で正座した。
 「……ごめ、んなさい……俺が不届きなばかりに、いつも、美山さんにご迷惑ばかりおかけしてしまって…ほんとうに、申し訳ありません…俺の配慮が至らないばかりに、今日、美山さんと口論になってしまって……すみません…俺も、どうしたらいいのか…どうしたらいいでしょうか…?」

 美山さんと、仲よくなれたら。
 せっかく同室になれたのだから、友だちになりたい。
 すこしずつ、距離を縮めていければいい。
 勝手な願いは、勝手に期待をかけるから、自業自得だとばかりに潰えてしまった。
 こうして美山さんの周りの方々まで苦しめて、俺は一体、お詫びするばかりじゃなくて、どうしたらいいのだろうか。

 「…っ…そんな顔したって、許さないんだからっ」
 「どうしたらいいかだって?2度と美山様に近付くなっ」
 「いいね?!忠告したからね!お前の処遇は今頃、上の皆様で話し合っているしっ」
 先輩方は息を詰まらせながら、去って行かれた。
 「「「良い気味っ」」」
 去って行かれながら、お弁当を、蹴り飛ばされてしまった。
 バタバタと、足音が遠ざかって行くのを、冷えた心で聞き届けた。
 やや経ってから、のろのろと立ち上がって。
 「…いた、い…?」
 あちこちが痛い。
 鼻の頭も額も手の平も腕も膝も、きっと、無様に赤くすりむけているんだろう。
 足が痛くて、ぎくりとなった…捻ったかなぁ…?

 それでも、歩けるだけいい。
 ひょこりとお弁当に近寄り、時間をかけて、拾い上げた。
 しっかり包んでいたお陰で、中身はなんとか露出していないけれど、汁気が溢れて風呂敷をぐっしょり湿らせていた。
 中は想像するまでもない、ぐっしゃぐしゃだろう。
 複数の足形がついた紙袋に入れて、抱え直す。
 痛い。
 身体の傷よりも何よりも、人にこういう衝動を起こさせてしまった自分が、怖くて、胸の痛みが治まらなかった。

 人がいなくて、よかった。
 情けない自分の姿は、自分が見つめるだけで十分だ。



 2011-04-20 23:59筆


[ 300/761 ]

[*prev] [next#]
[目次]
[しおりを挟む]

- 戻る -
- 表紙へ戻る -




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -