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職員棟は、一般校舎1階から中庭を抜ける渡り廊下を挟んだ所にある。
先生方が普段いらっしゃる建物で、各教科毎に分かれた部屋、学年別の教科準備室、ミーティングルーム等があるのだとか。
用がない限り生徒の立ち入りは禁止されている為、詳しくは知らない。
すんなり入れて頂けるかどうか…
柾先輩がいらっしゃるなら、どうにかなるのだろうけれど。
とにかく、人目を避けるように急いだ。
昼休みという時間帯が幸いして、大方の生徒さんが食堂へ向かわれたり、教室で過ごされる。
職員棟へ繋がる道筋は閑散としており、すこしほっとした。
なんとか1階まで下りた。
あとはここをまっすぐ行ったらいい。
平静を装いながら、気は動転していたのかも知れない。
いきなり、「何か」に勢いよく衝突してしまった。
バランスを失った身体、足に力が入らない…
やけにゆっくりに感じた瞬間。
支えになるものなど、どこにもなく、このままだと廊下に倒れる…?!
と判断した俺は、お弁当だけはなんとしても守らなければ!と、紙袋を抱きしめて目を閉じた…筈、だった。
「?!」
強い衝撃に目を開けたら、俺ひとり、廊下に顔面から突っ伏していて。
抱えたつもりのお弁当の存在が、身体の下になくて、冷たい廊下の気配だけで。
お弁当は?!
慌てて頭を上げて、息が止まりそうになった。
いつの間に…?
数人の生徒さんが、突っ伏した俺の前に距離を空けて立っておられ、こちらを見下ろしておられた。
お弁当は視界の隅、無惨にひっくり返っているのがわかった。
ネクタイの色が鮮やかな緑とブルー、ということは先輩さん方だ。
皆さん揃ってとても整ったお顔立ちの方ばかり、猫のようにくるんと大きなキャッツアイが特徴的だった。
「す、すみません…!もしかしなくても、当たってしまいましたよね…?前方不注意で歩いておりまして…申し訳ありません!先輩方、お怪我はありませんでしたか?!」
慌てて起き上がり、頭を下げようと、想ったのだけれど。
再び訪れた衝撃に、今度は、お尻をつく形で廊下へ戻された。
目を、見張ることしかできなかった。
瞬きを忘れた瞳に、確かに、1番前にいた先輩さんが、両手で俺を強く押した様子が最初から最後まで見えたから。
ざわりと、胸が震えた。
容赦なく降り注ぐ、無機質な視線、言葉。
「調子乗ってんじゃないよ、外部生の分際で」
「美山様の同室ってだけで許せないのにっ…」
「美山様がお前を認めていらっしゃったから、黙認してあげてたんだからねっ」
「お前、最っ低。3大勢力の皆様ばかりか、学園中に尻尾振りやがって」
「ヘラヘラしてりゃ許されると思ってんだろ?」
「この学園の事、ナメてんじゃないよ?」
「美山様と関係キレたなら、お前なんかもう終わりだ」
「ナニが弁当シフトだっつの…笑わせる」
「お前なんかに何が出来る?何がわかる?」
「美山様を利用するだけ利用しやがって!」
「お前の所為で我々の秩序がメチャクチャだ」
「どうしてくれんの?責任取れよ」
「以前の美山様のほうが美山様らしかった!」
「……信じていたのにっ」
次々と浴びせられた言葉の中、最後の、独白のような言葉が、1番、痛かった。
とても、重かった。
恐らく、この方々は美山さんの関係者さん…お友だちさんか、親衛隊さんなのだろうか。
俺が美山さんを怒らせてしまったことをご存知なのだろう。
ギシギシと胸が痛んだ。
立ち上がる気力もなく、せめてもと、廊下で正座した。
「……ごめ、んなさい……俺が不届きなばかりに、いつも、美山さんにご迷惑ばかりおかけしてしまって…ほんとうに、申し訳ありません…俺の配慮が至らないばかりに、今日、美山さんと口論になってしまって……すみません…俺も、どうしたらいいのか…どうしたらいいでしょうか…?」
美山さんと、仲よくなれたら。
せっかく同室になれたのだから、友だちになりたい。
すこしずつ、距離を縮めていければいい。
勝手な願いは、勝手に期待をかけるから、自業自得だとばかりに潰えてしまった。
こうして美山さんの周りの方々まで苦しめて、俺は一体、お詫びするばかりじゃなくて、どうしたらいいのだろうか。
「…っ…そんな顔したって、許さないんだからっ」
「どうしたらいいかだって?2度と美山様に近付くなっ」
「いいね?!忠告したからね!お前の処遇は今頃、上の皆様で話し合っているしっ」
先輩方は息を詰まらせながら、去って行かれた。
「「「良い気味っ」」」
去って行かれながら、お弁当を、蹴り飛ばされてしまった。
バタバタと、足音が遠ざかって行くのを、冷えた心で聞き届けた。
やや経ってから、のろのろと立ち上がって。
「…いた、い…?」
あちこちが痛い。
鼻の頭も額も手の平も腕も膝も、きっと、無様に赤くすりむけているんだろう。
足が痛くて、ぎくりとなった…捻ったかなぁ…?
それでも、歩けるだけいい。
ひょこりとお弁当に近寄り、時間をかけて、拾い上げた。
しっかり包んでいたお陰で、中身はなんとか露出していないけれど、汁気が溢れて風呂敷をぐっしょり湿らせていた。
中は想像するまでもない、ぐっしゃぐしゃだろう。
複数の足形がついた紙袋に入れて、抱え直す。
痛い。
身体の傷よりも何よりも、人にこういう衝動を起こさせてしまった自分が、怖くて、胸の痛みが治まらなかった。
人がいなくて、よかった。
情けない自分の姿は、自分が見つめるだけで十分だ。
2011-04-20 23:59筆[ 300/761 ][*prev] [next#]
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