44.落ちる影


 なんだか今日は1日が長いなぁ…
 いつもあっと言う間にお昼になって、すぐに放課後になって、気づいたらもう寝る時間になっているのに。
 今日は、とてもゆっくりだ。
 そうっと息を吐いた。
 3限開始前に出て行ったきり、ずっと戻って来ていない、美山さんといちじくさん。
 廊下側にできた空白を眺めると、今度は深いため息が出そうで、あわてて前を向いた。
 一舎さんもいつの間にかいらっしゃらない。

 落ち着かない心持ちのまま、4限目がやっと終わった。
 終わったと同時に、ブレザーのポケットが震えた。
 日直さんの号令で先生に挨拶してから、ポケットを探って携帯を取り出した。
 「お母さんお母さん、今日は武士道様とお弁当の日でしょ?」
 「先輩達、まだ来てないみたい!」
 「遅いねぇ」
 先程からずっと、クラスの皆さんが気遣ってくださっている…俺は今、どんな顔をしているのだろう?
 そうですねぇと相槌を打ちながら、携帯を見たら、メール受信の通知だった。


 『件名:ごめんっ!(>Δ<;;)

 はるる〜元気〜?
 宇宙人転校生に負けてない〜?
 今日のはるる弁当は俺らのものだったのに、ちょおっと厄介事が押しててさぁ…
 一緒に食べるどころか、お迎えにも行けそうにない〜
 超無念!!(;///;)
 ごめんね!!
 マジでごめんね!!
 この埋め合わせは必ずまた今度!!

 代わりと言っちゃなんだけど、つか何様だよって話なんだけど?
 オレオレ昴様が宇宙人の話とか色々聞きたいんだってさ。
 悪いんだけど、弁当持って職員棟の1階にある第2保健室まで行ってもらって良い?
 何でか皆揃って手が離せない状態で、昴が動くワケには行かないし…大丈夫かな?
 地図、一応添付しとくね。
 モチロン、この件はご内密に!
 表向きはいつも通り、俺らと昼メシっつー事で。
 このメール見たら削除お願いしますm(≡_≡)m

 今日の夜、仁と行くね!
 ではでは〜また今夜☆

 愛を込めて・一成(・∀<)〜☆』


 なんと。
 今日は火曜日、お弁当シフトは武士道の日だ。
 厄介事が押している…?
 大丈夫なのかな、武士道の皆…
 「お母さん?メールだった〜?」
 「誰から〜?」
 朗らかなクラスの皆さんの声に、急に我に返った。
 武士道とは一緒に過ごせないけれど、会長さまがお呼びで、しかも職員棟の保健室でお待ちで、でもこのことは「ご内密」で表向きはいつも通りで…
 「えっと、一成からでした…今日は迎えに来れないそうなので、俺、ちょっと行ってきますね」

 嘘は言っていない。
 けれど、嘘を吐いている。

 「「「「「いってらっしゃい、お母さん!気をつけてねー」」」」」
 後ろのロッカーからお弁当を取り出し、手を振って見送ってくださる皆さんに応えながら、教室を出ようとした。
 「いってらっしゃーい。でも前陽大、忘れ物〜」
 皆さんに合わせてにこにこ笑顔の合原さんが、ふと俺に近寄って来られた。
 忘れもの?
 なんでしょうかと首を傾げた俺に、机の上に置いたまま忘れていた、タオルハンカチを手渡されて。
 「あ、すみません。ありがとうございます」
 合原さんの瞳が、一瞬、真摯なものにすり替わった。


 「マジで気を付けなよ…何かまた、ヤバい事になってそうだ、前陽大…」


 親衛隊から集合を呼びかけるメールが来たのだと、合原さんは険しいお顔で短く言葉を続けられた。
 転校生さん…いちじくみのるさんと、俺に関して、話があるという内容だったと。
 「5限から戻って来ない方が良いかも…とにかく、武士道様にちゃんと守ってもらいな。メールくれたら、僕が早退届けを出しておくから…」
 早口で呟かれた後、合原さんはまた笑って、「じゃあ、いってらっしゃーい。おかずが余ったら心春が食べるんだからねっ」と言って、俺の背中に触れた。
 ちいさな、温かい手は、不吉な予感に怯える俺を勇気づけるように、外へ押し出してくれた。
 胸が、ざわつく。
 落ち着かない。

 けれど、平常を装って忠告してくれた合原さんに、精一杯笑って手を振りながら、しっかりと足を踏み出した。

 まだ、だ。
 まだ、何かが起こったわけじゃない。
 起ころうとしている…それだけだ。
 武士道が、迎えに来れない厄介事。
 柾先輩が、わざわざ職員棟の保健室に俺を呼び出す理由。
 美山さんといちじくさんが、戻って来られないのは?
 合原さんが、親衛隊さんから召集を受けていること。
 すべてが、俺に関係している。
 お昼休みでざわめく廊下、行き交う皆さんはいつも通り、どこからどう見てもそれは平穏なお昼休みの1コマなのに。

 どこかから、誰かに見られているような…
 次の一瞬には、俺はまた学園を騒がせた者として、冷ややかな視線を浴びてしまうのでは…
 まさかそんな、自意識過剰だろう、過敏に反応し過ぎてるだけだと、我ながら苦笑する気持ちの反面、ぞくりと寒気が走った。
 お重が入った紙袋を抱きしめて、俺は不自然に見えないように足を速めた。 



 2011-04-19 21:31筆


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