41.大きくて小さなワンコの遠吠え(3)
「ぐす……うっうっ……」
おれの秘密の場所は、今日も平和だ。
先輩から引き継がれてきた、それぞれのテリトリー。
おれのテリトリーは、委員会棟が近い、中庭。
だれも来ない、静かで、いいところ。
おおきな木があって、芝生はふかふか。
午前中はポカポカ。
木にもたれながら、こっそり昼寝したり、こうして本を読むのがきもちいい。
昼休みまで、自由時間。
お昼になったら、ひさしとゆーとみーと、宇宙人を見に行くんだ。
こーちゃんとりっちゃんは、興味ない宇宙人。
おれたちは、仲良くなれるかな?
言葉、地球語で、だいじょうぶですか。
はるとは?
はるとと同じクラスらしい、宇宙人。
うらやましい、宇宙人。
宇宙人が、おれよりも先に、はるとと仲良くなったらどうしよう。
そんなのダメ。
我慢できない。
でも、宇宙人相手に暴れても、宇宙人には通用しない?
……その時は、こーちゃんがきっと、なんとかしてくれる。
こういうのは、男として、なさけないって。
わかってる、けど……。
昼休みまで、自由時間。
忘れないように、ちゃんと、ひさしがケータイのアラームをセットしてくれた。
だから、だいじょうぶ。
授業に出たら、きゃーきゃー言われるから、おれは読書。
こーちゃんが貸してくれた本。
ずっとちいさい頃から貸してくれてる、ライオンと犬の親子の絵本。
何度、読んでも、涙が止まらない。
かわいくて、哀しい、でもじーんとする良い本だ。
だれかがいる場所では、ぜったいに読めない。
こうして、テリトリーにいる時、寮にいる時だけ読む。
はるとと、いつか、いっしょに読みたいな。
やさしいはると、きっと、いっしょに泣いてくれる。
お話はいちばん泣けるところになって、おれは遠慮なく泣いた。
「ぐすっ……ふぅぇっ…ふうっぅぅ…」
どうして世の中、理不尽なことばかりなのですか?
なんでみんな、勝手になにが正義か、決めるのですか。
決まっていること以上に、やわらかく考えられないのは、どうして?
絵本は、いつも、たくさんのことが詰まっている。
大人に近づけば近づくほど、いろんなことがわかってくる。
それは、とても、怖いことです。
おれは、まだずっと、こーちゃんとりっちゃんとひさしとゆーとみーと、生徒会したい。
はるとも生徒会、いっしょ…してくれないのかな。
「――ったく、ミキのヤツっ…!どこ行ったんだよぉ〜!!オレを無視して置いてくなんて、親友のクセにっ…!!って、あぁっ?!」
む?
ぜったいにだれも来ない、おれだけの場所、おれのテリトリー。
3限目のチャイム、ついさっき、鳴ったはず。
それなのに、ガサガサ、音がして。
ちいさくて黒い、もじゃっとしたグルグル、急に現れた。
わーわーキーキー言いながら、おれのほうへやって来る、ちび黒もじゃグルグル。
見たことない、こんな子。
おれとおんなじ制服、おんなじネクタイ、つまり1年生?
「こんな所に人がいた〜っ!!助かったあ〜!!オレ、親友の後を追ってたら超迷ってさあ!!オレを放ってどっか行くなんて、ヒドいと思わね?!思うだろ!!つか、あんた誰?!…って、あんた……泣いてんの…?」
ちび黒もじゃグルグル、おれの前に、ちょこんとしゃがみこんだ。
グルグルで、よく見えない顔。
いつもだったら、知らない子に会ったら、すぐ逃げるのに。
秘密のこと、知られたら、ぜったいすぐ逃げるのに。
心配そうな声に、引っかかった。
この子は、おれのこと、バカにしない…?
「……おれ、おれ……」
いつもどおり、うまく話せないおれを、グルグルは否定しない、急かさない。
「うん…?どうした?こんな所にひとりぼっちで、寂しかったのか?」
寂しい…?
おれが、テリトリーでひとりぼっちで、寂しい…?
そうじゃなかった。
自由時間だから、おれはここにいて、すきな本を読んでいただけ。
なのに、グルグルの言葉に、心臓の辺り、ぎゅっとなった。
「……さびしく、ない…と、想う。これ、読んで、泣いてた」
絵本を見せると、グルグルはそっかあと呟いた。
「なんか、カワイイけど切ない話っぽいな…いい本なんだ…?お前、優しいんだなっ!絵本読んで泣くなんて、すっげぇ優しいんじゃんっ!イイ奴なんだな…」
うわ。
急にグルグルが手を伸ばしてきて、おれの頭を撫でた。
すこし乱暴な手つきだったけど、イヤじゃなかった。
なによりも、この子はおれをバカにしない。
本の良さをすぐわかってくれたのが、うれしかった。
「けどさ、ひとりぼっちでいるのは寂しいだろ?!友達って大事だぞっ!大丈夫!これからはオレが側にいてやるからなっ!オレもその本、読んでみたいしっ!」
そうか。
グルグルでよく見えないけど、笑っているみたいだった。
グルグルは、明るい。
明るくて、元気いっぱいで、おれをバカにしない、良いヤツだ。
この子になら、本を見せてもいい。
いろいろ、話してみたい。
この子も、はるとみたいにやさしい子で、おれのこと、わかってくれるかもしれない。
こーちゃんやりっちゃんみたいに、大人の男は、もういいです。
手を差し出してきたグルグルに、おれは、そっと手を伸ばした。
2011-04-14 22:12筆[ 296/761 ][*prev] [next#]
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