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 「では、早速ですが前様、こちらで入寮手続きをお願い致します」
 「はい!」
 ふたがみさんに促されて、エントランスの中央にある、ほんとうにホテル並のフロントへ向かおうとして。
 ふたがみさんが、また目を見張られているのに気づいた。
 「あの…?」
 「…申し訳ありません。失礼ですが…前様、凄い御荷物ですね…?」

 深い眼差しは、まっすぐに、俺が運んで来た荷物へと注がれていた。
 「あ!すみません…折角きれいなエントランスですのに、床に引きずってしまって…このコロコロ、良いものなので傷はつかないと思うのですが…」
 あわててコロコロを引いて来た動線を振り返った。
 うん、だいじょうぶ。
 なんたって、十八さんがプレゼントしてくれたものだから。

 「いえ、その…申し訳ありません、前様。不躾な視線を向けてしまいました。差し出がましい事ですが…前様の御荷物等は事前に受け取らせていただき、御部屋に運んで居りましたので、今の御様子を拝見して驚いてしまいました。大変な御無礼、誠に申し訳ありません」 
 あ、そっちか…!
 「いえ、こちらこそ…驚かせてしまってすみません」
 「いえいえ、本当に申し訳ありません」

 「いえいえいえ、そんな…誰だってこんな姿見たら、驚いてしまいますよね、すみませんでした」
 「いえいえいえいえ、前様に謝っていただく事は何も御座いません。私が勝手な推測で浅慮なばかりに、大変申し訳ありません」
 「いえいえいえいえいえいえ…」
 「いえいえいえいえいえいえいえ…」
 しばらく、フロント付近で、「いえいえ」の応酬が続いた後。


 「「……っぷ……」」


 ふたがみさんと俺、どちらともなく、同時に吹き出し。
 目を見合わせて、笑った。
 わ…こちらのふたがみさんがもしかして、素に近いのかな…?
 きりりっとした冷静な大人の微笑よりも、ずっと、やわらかい空気をまとった優しい笑顔。
 ふたがみさんの目元に寄った笑い皺が、ますます俺の頬を緩ませ、しばらくヘラヘラと笑ってしまった。

 ふたがみさんも、にこにこと笑ってくださって。
 「…前様、もし差し支えない様でしたら、その御手荷物の事を御伺いしても宜しいでしょうか?」
  
 「はい、もちろんです!実は未熟者ながら、料理が趣味なんです」

 俺のだいじなだいじな宝物たち。
 手荷物のひとつを開けて、ふたがみさんに中をお見せした。
 この中に入っているのは、お菓子の型ばかりだ。

 「前様は御自分で調理為さるのですか…」
 「はい!…と言っても、簡単な家庭料理の範囲ですけれど…子供の頃から料理が好きで、お小遣いでちょっとずつ、鍋やお菓子の型などの調理器具を集めてきて…俺のだいじな宝物なんです。他の荷物と一緒に送れば良かったのですが、どうしても自分の手で運びたくて、持参させていただきました」
 ふたがみさんは、またまた、目を見張られた後。

 「左様で御座いますか…その様な大切な物を見せて下さって有り難う御座います」
 目尻にいくつも笑い皺を刻んで、温かく微笑ってくださった。



 2010-04-07 22:01筆


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