38.お母さん、お話なぁに?


 さっきとは別の意味で、皆さん、びしいっと固まってしまいました…
 困惑した空気でいっぱいです。
 俺が招いた事態ですね、よくわかっております。
 誰も、転校生さんも、微動だにされない。
 冷や汗が流れ、顔がどんどん赤くなっていくのを自覚しつつ、何とかしなくてはとありったけの勇気を振り絞り。

 「え、えぇー…と…ううっん、ゴホンっコホン。えー…ですから、大丈夫『で』す」

 咳払いをして、無理矢理話を進めさせて頂くことにしました。
 賢明なるA組の皆さん、どうか大人の対応で温かくスルーをお願いします。
 恐らく、ぽかーんとなさっている転校生さんの前に立つ。
 未だに誰も動かない状況、人垣を抜け出すのは簡単だった。
 「転校生さん…いちじくみのるさん、ですよね?」
 「……う?え?あ?お、おうっ…!」
 グルグル眼鏡の奥は、どんなに目を凝らしても見えないけれど、視線をまっすぐ合わせているつもりで転校生さんを見つめた。

 「はじめまして。俺は前陽大と申します。中学まで公立学校にいました。この春、十八学園高等部に入学したばかりなんです」
 「へ、へー!!なんだ、オレと一緒じゃんっ!!やっぱりお前、」
 元気を取り戻したいちじくさんが、声を張り上げようとした瞬間、俺は人指し指を唇にかざした。
 「シ―――」
 「…うえっ?!」
 「シ―――」
 「ぅえ?えっ?えっ?」
 戸惑いを隠せず、おろおろと辺りを見渡し、自分のお口に手を当てたりなさっておられる、ちいさな子供のような仕草のいちじくさんに、俺はすこしでも安心して頂けるように笑いかけた。


 「大丈夫ですよ。あなたの声は、ちゃんと俺に聞こえています。そんなに大きな声を出さなくても、一生懸命なばかりに焦らなくても、ちゃあんと聞こえていますから。俺も今日初めてお会いするいちじくみのるさんと、お話ししてみたいなぁと想ってます。ただし、ゆっくり、ね?お話を聞きたいし、聞いてほしいなぁって、のんびり楽しくキャッチボールするみたいに、言葉を交わしたいなぁって想ってます。ね?

 どちらかがすぐに転校する予定があったり、俺たちが直に卒業だったりしたら、時間はいくらあっても足りませんが…そんなことは今のところありませんよね?だから、時間をかけて、ゆっくりお話ししていきませんか。

 それに、時間の流れはね、どうやら人の心持ち次第で変わるようなんですよ〜!せっかちさんにとっては時の流れが恐ろしく早く感じられ、のんびりさんにとってはゆっくり感じられる。同じ時間を過ごしていても、いろいろな感じ方で、個々に因って時間の流れが変わるなんて、すごく不思議だと想いませんか〜?
 どちらが良い悪いとかではなくて、折角こうして何かしらのご縁があって、今までまったく会ったことがないのに、同級生になれたので…まだ1学期も始まったばかりですし、俺はゆっくり知り合っていけたらいいなぁって想うんです」


 ゆっくり、ゆっくり。
 やわらかく言葉を紡いだ。
 心に届くように、今、ちゃんと笑えているといいなと想った。
 ほんのすこしだけでもいいから、なんだか緊張いっぱいで焦っておられる、早く馴染みたい馴染まなくちゃと、どこか圧迫されているような必死さを感じるいちじくみのるさんが、肩の力を抜けるように。
 「あ、う…オ、オレ……でも、オレっ!!……なんで…?」
 いちじくさんの声のトーンが上がりそうになった、けれどはっとした様子で口をつぐみ、頼りなく肩を落とす。
 大丈夫ですよと、何度もくり返した。

 「知らない所へ来たら、みーんな、多かれ少なかれ不安だと想います。誰だってドキドキすると想います。俺も、入学したばかりの頃は、カルチャーショックも多くて、不安でいっぱいでしたし、今でも不安(勉学方面)はありますし…だから、いちじくさんのお気持ちはお察ししますよ。俺でお力になれることがありましたら、いつでも仰ってくださいね。いちじくさんのほんとうの言葉で、お話してください。
 それと…ひとつだけ、反対させてください」
 「ふえ…?!」
 これだけは、譲れない。
 どうしても言っておきたいこと。
 

 「俺はこちらへ入学する前からずっと、『お母さん』『オカン』というあだ名で呼ばれていました。俺の性格や趣味嗜好などから、大半の方々がそう呼んでくださっております。見ての通りれっきとした男ですから、我ながらおかしなあだ名だなぁと…でも、友だちや仲間が親しく呼んでくださるものですから、まぁいいか〜と想っております。俺のあだ名の経緯は以上ですが…。

 先程、いちじくさんは『ホモなのか、オカマなのか』と仰っておられました。一時的な感情でつい出て来た言葉なのだと想いますし、人の恋愛や性に関することは、非常にデリケートで個人的なことです。感情は個々に委ねられている、個々が自由に抱くもの。
 俺は、自然な想いであるならば、異性でも同性でも止め様がないと想っております。この考えを押し付けるつもりは毛頭ございません。いちじくさんにはいちじくさんの主義、主張があって当然です。
 けれども、自己の全てを世の中へ向けて主張する必要はない…時には口を閉ざして静観することも必要だと想いませんか。それがたくさんの人間がいる社会で、生きて行く為のマナーのひとつ、礼儀だと想いませんか。

 この学園にも、外の世界と同じく、たくさんのいろいろな考え方、自己を持った方々がいらっしゃいます。皆さん、いちじくさんと同じように、頑張って生きていらっしゃいます。いろいろな事情を背負っていらっしゃいます。人は皆、どうしたって大なり小なり、問題や悩みを抱えているものですよね?
 一生懸命、恋している皆さんもいらっしゃいます。男子校ですから同性愛という形になりますが、ただ名詞が変わっただけですよね。どんな恋愛でも、真剣さも不真面目さにも変わりない。人が人に出逢って恋をする、それはものすごいことです。人を好きになることは、とても素晴らしいことです。どんな経緯があって、どんな形で終わろうとも…。

 ですから、それをいちじくさんが否定したり、揶揄することを俺は許せません。心で想ったとしても、表には出さないでください。これからここで恋している人と知り合ったら、そっと見守ってあげてください。お願いします」


 ぺこりと、頭を下げた。
 脳裏にはずっと、渡久山先輩のきれいな横顔と、宮成先輩の寂しい後ろ姿…
 一生懸命に柾先輩のお姿を追いかける、合原さんのひたむきな瞳が浮かんでいた。
 俺は、知っているから。
 どうしようもない、想いを。
 このひとたちと、何度か言葉を交わして、食事を共にし、学園生活を過ごしているから。
 一時的で想わず飛び出した言葉だとしても、聞き逃せなかった。

 顔を上げたら、いちじくさんは無言で、震えているようだった。
 言い過ぎてしまったかと、謝ろうとした時。


 「……穂に、好き勝手な事、言うんじゃねーよ…」



 2011-04-10 22:11筆


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