37.「dasu」
1限が終わってすぐ、美山さんにお声をかけようと立ち上がりかけたら。
急に机に影が落ちて、顔を上げたら、目の前にバー●モジャさん…じゃないや、転校生さんが両の拳を握り締め、赤い顔で立っておられた。
なんでしょうかと首を傾げたら、すぅぅーっとおおきく息を吸い込む音が聞こえた。
「オレっ、オレっ、今日から来た転校生の九穂!!穂って呼んでくれよなっ!!お前は?!お前の名前は何っ?!」
う……
元気いっぱいのおおきなお声に、耳がキーンとして、ぼうっとなってしまった。
その時、ざわっと、教室内が不穏にどよめいたことには気づかなかった。
ええと…?
名前?
俺の名前を聞いていらっしゃるのかな。
口を開きかけたら、マシンガントークが飛んで来た。
「なぁなぁっ、何とか言えよっ!!お前さあっ、このガッコでなかなか居ないタイプっぽいよなっ!?オレっ、白馬に居たしっ、よく街で遊んでたしっ、今日ココへ来てからも何人か会ったからわかるんだけどっ!!超フツーってカンジだよなっ、お前!!平凡過ぎて目立たないっつーか!!大丈夫?!ガッコ、毎日ちゃんと楽しいっ?!ま、オレが来たからにはもう1人にはさせないけどっ!!だから安心しろよなっ!!大丈夫!!お前が浮いてんじゃない、他のヤツらがちょっと変わってるだけだからなっ!!なんかさ、こんなバカみてーな金持ちガッコに居たらさ、フツーのヤツに会うとすっげえ安心するんだっ!!何かお前、のほほんとしてるから余計にっ!!けど、あんまりぼけーっとしてたら他のヤツに益々ナメられるしさっ、自分でもちょっとは気をつけろよなっ!!これからはオレが守ってやるけどっ!!オレ達、すっげえ仲良くなれると思うっ!!だから名前教えてっ!!お前、さっきから黙ってるけど、何とか言えよなっ!!ちょっとぐらい自己主張すんのも大切だぜっ!!そんな大人しいままだからダメなんだっ!!な?!」
キ―――ンンン……
み、耳が……
なんだか早口すぎて、大変申し訳ないのですが、よく聞き取れませんでした……
どうしましょう。
肩で息をし、真っ赤になっている、元気いっぱいの転校生さん。
うーん、グルグル眼鏡と●ーバモジャさん風ヘアスタイルで、お顔の表情がよくわからないけれど、なにやら俺のことを想いやってくださったご様子。
初めてお会いしたのに、他人のことを気遣える、とても情深い御方のようだ。
表情がわからないのが残念です。
どうお返事しましょうか、とにかく自己紹介を、と再度口を開きかけたのですが。
「うるさいんだよ、黒もじゃキモオタク」
いつの間に側に来られていたのか、合原さんと合原さんのお友だちさんたちが、なにやら険しいお顔をして腕を組み、転校生さんをじっと見つめておられた。
ふと気づけば、教室中の大半の方が、合原さんたちと同じお顔になって、成り行きを見守っておられた。
重く、張り詰めた、ピリピリとした空気。
これはよくない気配だと、背筋がヒヤリとした。
「なっ…!!なんだよお前っ…!!お前には話しかけてないじゃんっ!!オレと話したいなら、ちょっと待ってろよっ!!オレはこの平凡と今、話して、」
「うるさいって言ってんのが聞こえないの…?誰がお前みたいな気色悪い、不衛生で悪玉菌そのものみたいなヤツと話したいって言った…?馬鹿にするんじゃないよっ!!お前みたいな勘違いオタクヤローに、僕達のお母さんと話す資格があるワケないでしょっ?!今すぐお母さんから離れてよ…!!お母さんは平凡なんかじゃないんだからねっ!!」
あ、合原さん……?
啖呵を切った合原さんに続くように、クラス中から次々と罵声が飛んだ。
「そうだそうだ!!お母さんから離れろっ悪玉菌!!」
「存在してるだけで不衛生!!お母さんが病気になっちゃう!!」
「お母さんは、お母さんは、1年A組のお母さんなんだからねっ!?」
「お母さんは3大勢力にも誰にも渡さないっ!!ましてキモオタなんか接触厳禁!!」
「ウゼェ、転校生っ!!お前はお母さんと会う資格すらない!!白馬へ帰れ!!」
「誰がお母さんの名前を教えるかっ!!マリモ界で沈んでなっ!!」
「「「「「お母さんはお前には勿体ないっ!!」」」」」
う…
え……っと、あの、皆さん…?
気づいたら、クラスの皆さんが俺の前、守るように立ちはだかっていた。
人垣の向こうにいる転校生さんは、唖然としていらっしゃるように見えた。
「なっ…!!なんだよっ、なんだよ!!!!!なんなんだよお前らっ!!人を見かけで判断するなんて、サイテーな人間ばっかりだなっ…!!オレは転校して来たばっかりなのにっ!!十八さんと親戚なのにっ!!」
「「「「「キーキーうるせーんだよ…だからどうした、キモオタ」」」」」
み、皆さん?!
俺の知ってる皆さんは、いつもニコニコして人懐っこくて、優しくて親切で、必ず挨拶してくれて…
お弁当にタコさんカニさんウィンナーが入っていれば、それだけで1日中ご機嫌さんな、ほんわかしたいい方々ばっかり…
「なんだよっ…!!なんでそんな呼び方…!!…っ、大体、お母さんって…お母さんってなんだよ?!そっちのがよっぽどキモイじゃんっ!!オレは親切心でわざわざソイツに話しかけてやったのにっ!!お父さんじゃなくて、お母さん?!あだ名がお母さん?!おかしいじゃんっ、変じゃんっ、キモイじゃんっ!!!!!ソイツ、なんなの?!ホモ?!オカマなのかっ?!」
びしいっと、空気が凍てつきひび割れる音が、聞こえたような気がした。
不気味なほどの沈黙が、教室内の隅々まで浸透した。
転校生さん以外、誰もが呼吸を止めたように、静寂が満ちる。
寒い。
ざわりと全身が震えて、皆さんの瞳を見て、これはいけないと慌てた。
ひどく冷め切った、絶対零度の眼差しは、すべて、転校生さんへ向かって集中している。
ダメだ、いけない…!
カラカラになった喉、乾いた唇を、なんとか動かした。
「っ大丈夫だすっ!!」
……あっ……
大丈夫だすって……
だすって……
焦りすぎて、勢いつき過ぎちゃいました。
しかも、想いの外に大声が出てしまい、教室内が静まり返っていたこともあり、エコーがかかって「だすー…だすー…だすー…」って。
俺、やっちゃった…?
2011-04-09 22:29筆[ 292/761 ][*prev] [next#]
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