35.お母さん、ついに嵐に遭遇


 予鈴が鳴った。
 ちらりと、廊下側後方の席を窺った。

 昨日、あのまま部屋を出て行かれたまま、帰って来られなかった美山さん。
 学校にも来ていない。
 どこへ行かれたんだろう…?
 なんだか怒っているようだった。
 俺が、怒らせてしまったようだった。
 謝りたい。
 理由がわからないから、ちゃんと聞いて、謝りたい。
 直せるところは直したいし、毎晩のように友だちを呼んで騒がしくしてしまうことはやっぱりよくない、これからは俺が皆の所へ行くし…

 ちゃんと話したい。
 今日は会えるだろうか?
 美山さんの連絡先を聞いていなかったことが、今更悔やまれた。
 連絡先と言えば、日景館先輩からメールが来ていたっけ…
 『転校生は想像以上の宇宙人につき、マジ要注意。見ざる言わざる聞かざる触らず寄らず(=_=)』っていう内容だった。
 日景館先輩も顔文字とか使うんだなぁって、そんなことばかりに目が行って、俺はとにかく美山さんに謝りたい一心だけでいっぱいだった。
 あとでちゃんとお返事しなくっちゃ。
 なんだか他にも、いくつかメールが来てたような気がする。
 あんまり眠れなくて、朝、目覚めが悪かったまま、携帯をチェックできなかった。

 しっかりしないと。
 ぼんやりしている内に、いつの間にか本鈴が鳴ったようだった。
 前の扉が開いて、業田先生がいつも通り入って来られた。
 朝の挨拶と出欠の確認の後、ふうと、いつもマイペースな先生がため息を吐いたことに、びっくりして顔を上げた。
 あれ…?
 なんだか先生、すっごく疲れていらっしゃる?
 確か昨日はお元気そうだったのに。
 急に風邪とか…体調でも崩されたのかなあ。
 まだ不安定な気候だし、山の中だし、大丈夫なのだろうか。

 いつもと違う先生の様子に、クラスの皆さんも動揺していらっしゃる。
 ため息を吐いたきり沈黙していた先生は、どこか遠い目で虚空を見つめ、がくりと肩を落とし、あーとかうーとか唸り始めてしまった。

 ざわめく教室内、俺も不安を感じた。
 
 「……はぁ。どんだけ時間引き延ばしても、今更現実は変わらんよな…しゃぁないか…オラ、俺の可愛いA組ガキ共〜よく聞いて哀しめ〜。
 今日、このクラスに新しいお友達がやって来ました。学園でも噂になっていたので知っていますね?何の因果か、わざわざこの1年A組に転入してくれちゃいました。良いですか?良い子の皆は今こそ大人になって、穏やかな心でスルースキルを遺憾なく発揮せねばなりませんよ。賢いお前らならわかりますよね?
 では、紹介したくないけど紹介しましょうね。とっとと入って来い………クソもじゃ」
 
 ん?
 先生、最後になんて言ったんだろう?
 首を傾げていたら、それはすごい勢いと音を立てて扉が開いた。

 「おい剛志っ、ちゃんと紹介してくれよなっ!!こーゆーのって最初が肝心じゃんっ!!剛志、先生のクセにそんなこともわかんないのかよっ!?」

 え?
 え?
 え?

 扉を開いたまま、バタバタと足音を鳴らしながら教卓へやって来たのは…なんだかもじゃもじゃとした…だけどこのもじゃもじゃ具合はどこか懐かしい…
 あ、わかったー!
 バー●パパの子供、●ーバモジャだぁ!
 色も同じ、まっ黒だぁ!
 うんうんと1人で納得していると、どこかげんなりと額を抱えていらっしゃる先生の横に、モジャさんが堂々と立った。
 サイズが合っていないのだろうか、ぐるぐる渦を巻いた分厚いレンズの眼鏡を指で押し上げながら、モジャさんは大きく息を吸い込んだ。
 
 「白馬学園から転校して来ましたっ、九穂でっす!!今日からこのムダガネかかりまくったバカデカいガッコで世話んなりますっ!!よろしくなっ!!オレが来たからには自由で楽しいガッコに変えてみせるんで、皆、楽しみにしててくださいっ!!あ、あと、十八さんは親戚です!!あと、あと、白馬より食堂がデカいって聞いたんで、それが楽しみですっ!!好きなものは平等、嫌いなものは不公平でっす!!よろしくっ!!」

 み、耳が…
 キーンとして、何が何だか…
 ええと…?
 そういえば、転校生さんが来るっていうお話が、昨日あったんだったっけ?
 いちじくみのる君、聞いたことのあるお名前だ。
 日景館先輩のメールも、転校生さんのことだった…
 じゃあ、このとっても元気なモジャさんが、件の転校生さんなんだ。
 元気いっぱいなんだなぁ。
 肩が上がって力が入っている、ちょっぴり緊張していらっしゃるようだ。

 「ヤダー…何、あの格好…!気持ち悪〜い」
 「有り得ない…何だよ、あのマリモみてーな、ボッサボサのダッサイ汚い髪!」
 「今時あんな眼鏡存在するんだ?ある意味貴重?」
 「……何なの…?業田先生のこと、勝手に名前呼びして…」
 「何様…?お前が来たからどうなるって…?」
 「理事長の親戚だから何なんだっつーの」
 「存在するだけで騒音だな、不愉快だ」
 転校生さんの大きな声に、びっくりしてしまって。
 更に、転校生さんの後から、美山さんの姿が見えて、俺はそれらに気を取られて、教室内の不穏な空気に気づけなかった。

 「あー…可愛い可愛いA組の生徒共よ、お前らの気持ちは痛い程分かるが、静かに!九、お前の席はあっちの空いてる所だ。速やかにとっとと行け」
 「なんだよ、剛志!!名前で呼んで良いって言ったじゃん!!」
 「…黙れ、クソもじゃ…」
 「えー?!何てー?!」
 「……いーからとっとと座れっつーの…!」
 モジャさんは転校生さんだからか、出席番号が1番末尾になってしまうらしい。
 廊下側に急遽用意されていた席を、先生は指し示された。
 きょろきょろと辺りを見渡しながら、席へ向かうモジャさんと、一瞬、目が合ったような気がした。

 同じ外部生同士だし…へらっと笑ったら、モジャさんの足が止まったけど、「さっさと座れ、九!」と先生の声が響いて、慌てて席へ着かれていた。



 2011-04-07 23:59筆


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