30.十左近先輩の気苦労日記(2)


 ソレと奇しくも出会す羽目になったのは、いつもの日課、朝の散歩中の事だった。
 自然に恵まれた環境を売りにしているだけあって、少し歩けば、日常の煩わしさを一時でも解放してくれる、整備された森や庭、遊歩道が存在する。
 広大な敷地内、3大勢力のテリトリーを考慮しつつ、独自の散歩ルートを開発するのは容易い。
 校舎付近、寮付近と、この2年間で編み出した、いくつか用意しているルートの内、1番気に入っている通用門付近まで足を伸ばすコースを今朝は選んだ。

 所古からしたら、俺のこの日課はジジくさいらしい。
 ヤツの気分転換法、セフレとヤる不健全な消化法に比べたら、余程マシで健康的だと想うが。
 本人は上手く立ち回ってるつもりで居るが、どうだか…人の感情は、特に女役を強いられた男の感情はそんな簡単なものじゃないだろう。
 まぁ、お互い干渉し合わないのが、俺達の鉄則だ。
 俺が出来る事は、卒業する時、ヤツが刺されない事を祈るばかりだ(俺にとばっちりが来ない事、俺の近くで事件が起きない事を何よりも願う)。

 散歩は特に、朝が良い。
 日が落ちると何処だかのスラムに等しく、危険度が増すから。
 全寮制の割に規則が緩いという事もあってか、大半の生徒達の朝は遅い。
 部活動に携わる生徒や3大勢力しか起きていない時間帯を、泳ぐ様に散歩するのは気分が良い。
 静かな時間は、尊い。
 まだ誰も手をつけていない、真新しい1日の始まり、ひっそりとした空気を存分に味わいながら、ゆっくり歩く。
 ポツポツ浮かぶ、取り留めのない思考に、耳を澄ませながら。

 俺も所古も、来年の今頃には、もう此所に居ない。

 あの所古だって、セフレとの関係清算を早くも考え始めている。
 十八の中で宮成の家は厳しい部類に入るから、朝広はもう跡取りへの道を歩み始めているし。
 4月、進級した時点で周りは皆、重い腰を上げ始めていた。
 俺もそろそろ、十左近の家と本格的に向き合わなければならない。
 夏が来れば、俺達3年の自由時間は完全に終わる。
 これまで過ごして来た、くだらなくて笑える日々、十八で過ごした子供時代が、今の段階でもう懐かしく想えたりする…俺はやはり、ジジくさいのか?


 残された僅かな時間で、俺達はどれだけの事を成し、柾達へ委ねる事が出来るのだろうか…
 

 前陽大が卒業する頃には、此所はどんな風に変化している事か。
 それを目に出来ないのは、非常に残念だ。
 のんびりと武士道に挟まれて歩く様を想い返し、苦笑が浮かんだ所で、俺の貴重な静寂に包まれた朝が、突然消失した。
 「あ―――!!!!!人、はっけ――ん!!やっと見つけた――!!」
 な…?!
 何だこの、有り得ないキーキー声…!!
 親衛隊でももっと清楚だぞ…!!
 いやいっそ、何らかの集まりの度に柾達に浴びせられる歓声の方が、まだもっと可愛気があるし許容出来る!!

 バタバタバタっと、騒音を奏でながら背後に近付いて来た物体に、俺は更に目を見張った。
 有り得ない…!!
 何だこの、歩くモジャモジャ黒マリモ!!
 新種のマリモ?!
 巨大マリモ発見?!
 十八の名物になる?!
 なるワケないか…気持ち悪過ぎて、ただの恥晒しだ!!
 「なーなー!!アンタ、誰?!」
 はぁ?!

 「俺とお揃いの制服って事は、アンタもココの生徒なんだよなっ?!やー助かったぁ〜!!オレさー今日からココに転校して来たんだけどーちょっと聞いてくれる!!?さっき、ココの副会長のりひとに会ったんだけどさ――!!アイツ、超ひでーの!!地図だけ押し付けて、急に走り出しちゃってさ――!!オレ今日来たばっかだから、ココのこと何にも知らないのにさ――!!途中まで追いかけたけど、あっという間にどっか消えちゃって…ヒドいよな?!ヒドいだろっ!!まぁ、りひとにも何か都合あったかも知れないけどっ、友達置いてどっか行くとか、マジ非常識だし!!アンタもヒドいと想うだろ?!なー、さっきから何で黙ってんのっ?!!何とか言えよ――!!あ、もしかして人見知りするタイプ?!!そんなんじゃ友達できないぞー!!あ…何かわかっちゃったかも――!!もしかして、そんなんだからこんな人気のない所、1人ぼっちで歩いてたのかっ?!!オレが友達第1号になってやるからさっ、もう安心しろよっ!!だから、早く名前教えて!!」

 残念ながら。
 誠に残念ながら。
 俺は、英語は話せるけれど。
 新種の黒マリモ語は、全く解さない。
 話せないし、話したくないし。
 因って、交流不可。
 それに、十八に長年居る事で培って来た、自己防衛本能が想いっきり警報を鳴らしている。
 コイツに近付くのは危険だ。

 だから俺は、にっこりと、無言のままに笑って。
 その場から逃げ出した。

 「あ…?!!おい、待てよ―――!!!!!」
 キーキー声が喚き散らしているのがわかったが、益々恐怖を感じるだけ、恐怖のままにスピードを上げた。
 幸いにもここが俺の散歩コース内で良かった…誰にも知られていない死角や抜け道、この近辺の事は誰より俺が詳しい。
 絶対に追跡されない道を辿って走りながら、アレが噂の転校生かとうんざり想った。
 日景館が出迎え担当だったのか…名前呼びされてやがったな、気の毒に…
 これはもう、嵐と言うか何と言うか、プリンスと名高い副会長も逃げ出す黒マリモ新発見!!としか言えないと言うか…

 だが、写真は撮れた。
 それは良しとしよう。
 問題は、黒マリモなんか現像したくないっていう事だ。

 これは所古、全くもって笑えない展開、俺達の卒業もままならん事態かも知れんぞ。



 2011-04-02 23:54筆


[ 285/761 ]

[*prev] [next#]
[目次]
[しおりを挟む]

- 戻る -
- 表紙へ戻る -




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -