29.副会長のまっ黒お腹の中身(4)
前陽大を帰してから、昴と相談し、転校生の出迎えは俺が担当する事になった。
他の生徒会メンバー…悠や宗佑、優月や満月には、今朝急に理事長から告げられて、「たまたま早起きしていた俺がやむを得ず出向く羽目になった」、という既成事実を作った。
どの道、ヤツらは朝が遅い。
こういう厄介な雑用を好んでする質ではないから、特に気にも留めないだろう。
しかし、面倒極まりない。
白馬から熨斗付けて渡される、汚臭漂うろくでもないチーム「阿修羅」の天使、バルサン。
このお礼返しはどうしたものやら。
そう言えば、久し振りの外部生、前陽大を迎えに行ったのも俺だったなと、そう遠くはない出来事を想い返した。
あの時、前陽大は未知数だった。
単に目新しい玩具がのこのこやって来たのだと、俺達は想っていた。
俺達3大勢力の邪魔にならなければ、何でも良いと。
それがどうだ。
前陽大は驚く程自然に、我々が守って来た学園へ、新しい風を吹き込みながら馴染んで行っている。
まだ2ヵ月も経っていないのか…
『あいつは生徒会で守ってやろう』
と言っていた昴も、まさか3大勢力そのもので守ってやる事態になるとは、想ってもみなかったのではないか。
取り留めもない考え事に耽りながら、部活動以外の生徒はまだ誰も活動していない敷地内を歩き、門までやって来て。
頭を抱えたくなった。
気の所為ではない、頭痛がする。
何も見なかった事にしたい。
誰も居なかった事にしたい。
十分に辺りを探したが、転校生らしき人間の姿は何処にもなかったと、この場からトンズラこきたい。
ちいさく舌打ちし、軽く咳払いした。
俺の気配にやっと気づいたのだろうか…この程度の感度で「阿修羅」の族潰しだ?下らない異名だ、笑わせてくれやがる…門の上に猿よろしくまたがっていた、黒マリモの様な一応生命体らしき塊が、キーキー騒ぎ始めた。
「あ――!!ちょっとちょっと、アンタ!…じゃねーや、そこのあなた様!!なぁなぁ、アンタ…じゃねーってな、あなた様はここの生徒――?!ですかね?!」
門の上と、地上。
距離があるにも関わらず、その騒音は不快な超音波の如く耳にまとわりついた。
既に俺は、非常にイラついていた。
イラついていたが、腐っても生徒会副会長、3大勢力の長たる昴をサポートして来た実績がある。
(ここでキレたらタコウィンナーが昴に奪われる・ここでキレたらタコウィンナーが昴に奪われる・ここでキレたらタコウィンナーが昴に奪われる……)
魔法の呪文だと、朝っぱらから極悪人の顔で笑った昴に伝授された言葉を、心の中で唱え続けた。
魔法も呪文もへったくれもない、つまり、単なる賭けだ。
『ちゃんと素敵な副会長様、素敵なプリンスっぷり、披露して来いよ…?』
最初からバルサンに対して素を見せたら、俺の負けだと。
人の負けを見越した様な悪どい微笑、いっそ殴って来れば良かったと後悔しつつ、呼吸を整え、笑顔の仮面を被った。
「驚いた…そんな所に登ったら危ないよ。早く下りておいで」
「お――!なんかさぁ――誰もいなかったし、押しても引いても開かなかったからさ――乗り越えてやれって想って――なんですよ――!」
キーキーうるっせぇ…!!
眉間に皺が寄りそうになるのを堪えながら(その分、青筋は浮いていたかも知れん)、心配そうに見守る姿勢を保った。
「よっと――!!あ――!!やっぱ、ここの制服だ!!ですね?無駄にカネかかった制服、お揃い――!!アンタ、名前なんてーの?!」
すたんっと身軽に下りて来た、黒猿マリモは、それこそ汚臭が漂って来そうな不衛生極まりない変装もどきの格好をしており、近くに居るにも関わらずいちいち大声で話すのが通常モードの様だった。
うるっせぇわ、汚らしいわ、ワケわかんねぇ変装もどきマリモッコリだわ、ツッコミ所満載過ぎて、俺では対処が出来ん!!
(ここでキレたらタコウィンナーが昴に奪われる・ここでキレたらタコウィンナーが昴に奪われる・ここでキレたらタコウィンナーが昴に奪われる……)
魔法の呪文に縋りながら、にっこりと、もう笑うしかないと、若干距離を置きながら満面の笑顔を繰り出した。
「初めまして。君が転校生の、」
「九穂(いちじく・みのる)!!このガッコの理事長、十八さんとは血の繋がりあるんだぜですよ!!でもんなコト気にしないで穂って呼んでくれな!!アンタは?!」
「……九君、だね。僕は高等部2年の生徒会副会長の日景館莉人と申します。理事長に言われて君を迎えに来ました」
「へー!!アンタ、2年なんだ!!九君、なんてかたっ苦しいじゃんー!!穂って呼んで!!りひとか、りひと!!生徒会やってんだ――!!大変だよな?!十八にも親衛隊とか居るんだろ?!オレの前のガッコと似てるって聞いてさ――!!よく知ってんだ、オレ!!でも、オレが来たからにはもう大丈夫だからな?!りひとはもう1人じゃないから!!オレがりひとを救ってあげる!!側にいてあげる!!だってオレ達、もう友達だもんなっ!!だから…そんな作り笑い、無理して浮かべなくても良いんだぜっ!!オレには本当の顔、見せてくれて良いからな!!作り笑いなんか、よくないっ!!笑いたくない時に無理して笑う必要なんか、ぜんっぜんないんだからさ!!」
……無理、だ。
想定外だ。
許容範囲外だ。
有り得ない。
常軌を逸し過ぎている。
タコウィンナーは昴に、丁重に譲る。
俺の精神状態を健全に保つ方が、非常に残念ながら今は最優先重要事項だ。
健全な精神状態でなければ、折角のタコウィンナーもじっくり味わえないしな。
笑みを深くしたまま、念の為に持って来た校内案内図を、指先すら触れない様にマリモッコリに押し付けた。
「え?!なになに?!これ、なに?!」
「理事長室までの経路がここにちゃんと書いてあるからね。君が無事に辿り着く事を遠くから祈ってるよ。じゃ、僕はこれで!!」
「は……?!!!ちょ…りひと?!早っ……!!って、えええ――!!」
トモダチだの、案内してくれだの、何だのかんだのぎゃーぎゃーぴーぴー喚き続けて居るマリモッコリから、猛ダッシュで遠ざかれば遠ざかる程、頭痛が薄れて行った。
わざと後を追えない様に、複雑な帰路を辿りながら、どうしたって比べてしまう。
前陽大とは、大違いだ……
敷地内の景観1つ1つに、いちいち感動していた様子。
好奇心で輝いていた瞳。
礼儀正しい姿勢。
のほほんとした空気。
此所まで来れば最早追ってこれまいという森の中で、漸く立ち止まり、気分転換に携帯を取り出した。
昴に賭けに負けた旨を連絡するかと、画面を開いて、ほっと一息吐いた。
昨日、前陽大と互いの連絡先を交換した。
その夜に送られて来た、「今日は突然お邪魔してすみませんでした。貴重なお話を聞かせてくださってありがとうございます。これからも何卒よろしくお願い致します」というメールに添付された、新作らしいタコウィンナー画像は、早速俺の待ち受けになっている。
2011-04-01 23:58筆[ 284/761 ][*prev] [next#]
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