28.天使バルサンが奏でる狂想曲(1)


 白馬から、「阿修羅」の皆から離れるのは、正直寂しかった。
 辛かった。
 何でこんな短い期間でバイバイしなきゃなんねーの…?
 チワワみてーにキャンキャンうるさい男共の集団、アイツらの親衛隊達は、オレが悪いみたいに言った。
 生徒会の補佐達も、風紀の下っ端役員達も、オレが悪いみたいに言った。
 クラスの皆も、早く出て行けと言った。
 「阿修羅」のメンバーも、見送りひとつしてくれなかった、できなかったみたいだ。
 オレがこんなヒドい目に遭ってるのに、誰も、先生も、助けてくれない。

 生徒会長の正(ただし)ですら、オレに手を差し伸べてくれなかった。

 オレが何をしたって言うの?
 オレだけが悪いって、どういうこと?
 どうして、オレが出て行かなきゃいけないの?

 皆、皆、友達だったじゃんか…
 友達に年齢も何も関係ない、皆仲良くしようって言ったら、嬉しそうにしてくれたじゃんか…
 オレはただ、たくさんの友達を作りたかっただけ。
 皆と仲良くしたかっただけ。
 生徒会とか風紀とか、いがみ合ったり、一般生徒より過剰に祭り上げられて、友達が不公平な目に遭ってるのがイヤだっただけ。
 親衛隊とか、家柄や顔しか見ないでアイドル扱いして、普通の友達関係を取り上げるような、卑怯でイヤラシいヤツらから守ってやりたかっただけ。
 それに皆、喜んでくれてたじゃんか。

 どうして?
 どうして?
 どうして!!

 オレだけが悪いみたいに、オレだけが出て行かなきゃならねーの?
 たくさん友達作って、楽しい高校生活を送りたかっただけなのに。
 普通の生活を望んでるヤツらにも、普通の高校生活を味わってほしかっただけなのに。
 皆、仲良くしてほしかっただけなのに。
 皆の笑顔が見たかっただけなのに。
 どうしてこんなことになったんだ?
 白馬の空気は明るく変わってたのに、長年続いたバカみてーな制度が崩壊したのに、どうしてこんな異様な空気の中、オレだけ出て行かなきゃならない?

 家が、本家じゃないから…?
 十八の、分家だから?
 やっぱり、最終的には家やカネが物を言うのかよ!!

 最悪だ。
 やっぱり白馬は、最低最悪の学校だったんだ。
 入学した当初から、イヤな予感してた。
 入ってみて、毎日実感した。
 生徒も先生も、皆、皆、腐ってる。
 変だ、おかしい。
 だから、変えてやろうって想ったのに。
 オレが、居心地の良い明るい場所に変えてやるって、オレは頑張ったのに。
 誰も、何も変わらなかった。
 変わりそうだったのに、結局、変わらなかった。

 『……ごめん……』
 『ごめんね、穂…』
 『助けてあげられなくて、ごめん』
 『俺、やっぱり…白馬から、離れられない…』
 『穂が何処に行っても、俺らの天使に代わりはないから…!』
 『だから言っただろうが…大人しくしとけって』
 『…僕は、九(いちじく)のコト、友達だなんて…まして親友だなんて、1度も想ったコトない…!』
 『夢を見てたみたい…それも、悪い夢…?』
 『冷めた。現実に戻るよ。お前も戻った方が良い』
 『もう2度と姿を見せないで…!!外で皆様に会っても絶対に近寄らないでよねっ!!』
 
 うるさい。
 うるさい。
 うるさいっ…!!
 『お前なんかと、』
 うるさい…
 うるさい…
 『出会わなければ、』
 うるさいってば!!
 オレには、何も聞こえない!!

 『良かった』

 卑怯じゃねーか…
 1度は手を取っておいて、自分達が困った時だけ助けを求めて、オレが困った時には誰もいなかった。
 皆、勝手だ。
 皆、ワガママだ。
 皆、自分のことしか考えてねーじゃん。
 ヒドい、ヒドい、ヒドい!!
 言いたいことばっか言って、好き好き言っておいて、都合が悪くなって飽きたらそっぽを向く。
 甘いことばっか言って、夢を押し付けて、気がついたら勝手に冷めてる。
 
 もう、無理なの…?

 皆で楽しくメシ食ったこと。
 くだらないことで笑い合った放課後。
 こっそり外出した休みの日。
 夜遊びしたこと。
 優しい瞳で、オレを見つめてくれたこと。
 優しく触れて、好きだと言ってくれたこと。
 ずっと友達だよなって言ったら、頷いてくれた。
 どんな瞬間も、もう、2度と戻ってこねーの…?


 『さっさと行け…そして2度と俺の前にそのツラ見せるな。…あぁ、1つだけ忠告してやる。お前が次に放り込まれる十八学園は、白馬と一見酷似しているがまるで違う。お前の想い通りに成る人間など、十八には居ない。覚悟して行く事だ』


 正の、最初から最後まで冷たかった、無機質な瞳が想い浮かんで、あれだけ泣いたのにまた泣きそうになって、慌てて唇を引き締めた。

 どんなに冷たくされたって。
 どんなにオレを見てくれなくたって。
 オレは、正のことが……
 ズキリと、胸の辺りが痛んで、ぐっと奥歯を噛み締め、目の前にそびえるバカでかい門を見上げた。
 正が、オレの顔をもう見たくないなら。
 オレ、ちゃんと忘れるから。

 正の邪魔にはなりたくないから、だから俺は、ここ、十八学園で新しい生活をスタートさせなきゃならない。
 じんわり浮かんでいた涙を、ゴシゴシと真新しい制服の袖でこすって、眼鏡を掛け直した。

 「……よっしゃ、行くぜ!!」
 


 2011-03-31 23:59筆


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