24.お願い、お母さん


 先輩の言葉が終わらない内に、ピリピリとした空気が流れた。
 「っとに面倒くせーよな〜」
 「折角ここまで来たのにね〜」
 「このまま平穏に卒業出来るものと想っていたが…」
 「そうは行かないみたいだね…」
 やれやれ感たっぷりの口調とは裏腹に、皆さんの眼差しは鋭かった。
 「昴、その何とかジェットだか何とかホイホイだかについて、裏を当たると言っていたのはどうなった?」
 日和佐先輩の問いかけに、柾先輩は苦笑なさっている。

 「日和佐先輩、『美形バルサン』が通り名の九穂(いちじく・みのる)です。白馬の生徒会長と多少面識があるもんで、ちょっと聞いてみたら、出るわ出るわの愚痴オンパレード。途中で通話切っちまったんでー、何か抜けてるかも知れねえけど、概要は掴んだ。こいつが十八へ来たら、どんな嵐が巻き起こるやら…って感じ?」
 軽薄な物言いの柾先輩に、皆さんの疎ましそうな視線が集中する。
 気にせず、続けられた報告は、俺をますます落ち着かなくさせるものだった。


 「九家の1人息子ながら、跡取りは親戚筋に決まってるってんで、相当甘やかされて育った背景がある。皆の視線は自分のもの、皆の愛は自分のもの、まるでどっかのガキ大将みてえなノリ?俺のものは俺のもの、皆のものも俺のもの。絶えず注目されてチヤホヤされねえと気が済まない。

 幼少時から高校生になっても変わらずそのまま、って、大人になれんのかねえ、こいつ。ま、そんなノリで、『俺が黒と言えば黒!』っつー独自の正義感…ここがポイントらしい。あくまで本人は正義の味方のつもりな訳、言いてえ事もやりてえ事も想うがまま、善い事してる気で突っ走る。
 ウチより閉塞感の強い白馬では、奴の灰汁をすくい切れなかったみてえだな。ばかりか、無邪気な九穂に天使を見たお坊っちゃん達は、見事骨抜きにされ、入学1週間後には白馬で目立ってる生徒達の大半を落とした。

 その結果、役員は仕事を放棄し、一般生徒は勉学も部活動も放棄し、寄ると触ると九穂の寵愛の奪い合い。当人はその真ん中で誰を選ぶでもなくハーレム状態、『皆仲良くしろ!』と見当違いの主張を繰り返しながら、奴らとつるんで学園生活放棄。奴らの素行不良っぷり、しかもガキっぽい恋愛とも呼べねえ遊戯に夢中…となると、周りは面白くねえ。特に親衛隊は荒れに荒れた。
 
 かくして白馬学園は崩壊して行き、理性ある一部の役員や生徒達は為す術もなく諦観するしかなかった…とさ」


 「「「「「『とさ』って…童話か」」」」」
 「これが恐ろしい事に、現実に起こった話っつーのがやべえよな〜更に、九穂には『美形バルサン』以外の肩書きもある」
 「「「「「この上まだ何か…」」」」」
 「『阿修羅』の『チーム潰し』」
 柾先輩の一言に、仁と一成がやんちゃモードに入ったのがわかった。
 それもすごく、真剣な。
 「……『阿修羅』の『天使』、か…うっわー超厄介じゃね?一成、どうするよ」
 「うーん…つまり〜昴、『阿修羅』の連中は白馬に居るってこと〜?」
 「そう。総長が白馬の副会長なんだとよ」

 しーんと、静まり返ってしまった。
 『阿修羅』さん、聞いたことがある。
 武士道とはやんちゃし合ったことがない(と想う)けれど、無茶なケンカを吹っかけてくるチームだって、皆が噂していた。
 秀平も、よく渋い顔をしていたっけ…
 転校生さんは、阿修羅さんに所属していらっしゃるんだ。
 「二重に厄介だな。ともあれ、大人の事情で押し付けられた分、正当な理由がない限り、天使バルサンの編入は受け入れざるを得ないのだろう?」

 へっ?
 天使バルサン?!

 日景館先輩の命名に、皆さん、一瞬で目が点になって。
 次の瞬間、やっぱり爆笑スタートを切ったのは柾先輩だった。 
 「天使バルサン…!そう来るか、莉人…!」
 「…何かこう…絵面(えづら)が浮かぶっつか…天使ばるさん…」
 「りっちゃん〜…やめてよね〜俺らは3大勢力的にもチーム的にも危機なのに〜」
 「莉人のその命名癖は何とかならんものか…凌、薬を出してやれ」
 「お言葉ですが日和佐先輩、莉人の悪癖に付ける薬は未だ発明されておりません」
 日景館先輩だけは澄ましたお顔で、近くの柾先輩に「天使バルサンの好物は地上の美男子」とか囁いて、更に腹筋を崩壊させている。

 悪ノリした仁が、「バルサン参上!月に代わってお仕置きよ!」と横から言うものだから、柾先輩は遂にソファーへ突っ伏してしまった。
 あらまぁ、どうしたものでしょうか…
 しかし皆さんはもう冷静で、笑い転げる柾先輩を放置したまま、お話を再開させた。
 慣れていらっしゃるのだろう。
 事務的なお話は、部外者の俺が聞いていいものではないだろうと、隙を持て余した俺は買いもの用のメモ帳とボールペンを取り出した。

 1枚破って、ネコ型ロボットまんがのガキ大将に、天使の格好をさせた絵を描いた。
 キラキラの瞳を書き足し、「天使バルサン参上しました」と吹き出しもつけて、なかなかよくできたなぁと自画自賛。
 出来上がった自信作を、笑い治まらない柾先輩の元へ届けたら、すこし鎮火していた笑いの火種がまた盛り上がって、それで満足していたら。
 「前君…他人事の顔して居る様だが、君もよく聞いていてくれねば困る」
 「前君は最も『天使バルサン』に関わる事になると想う。ちゃんと聞いておいてね」
 「やはり相当呑気な質なんだな」
 「はるる〜俺らははるるが1番心配なんだよ〜?」
 「そうそ。はるとの日常が壊されたら大変だし」

 えぇ…?
 

 
 2011-03-23 23:59筆



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