23.いっしょにいてほしいの
いつの間にか、皆さん揃って、しんと静かな眼差しに変わっている。
淡々と語られる柾先輩の言葉。
「此所ではどうしたって、家柄、成績、顔が注目される。閉鎖された環境だけに、余計に。この狭い世界ではそれが正義になる。だからそれを利用して、学園内が歪み過ぎない様に調整するのが、俺ら『3大勢力』の役目っつか。
最も目立つ生徒達を前に立たせて、学園内で権限を持たせる。そうする事で、退屈で刺激の少ない生活に特別な娯楽が生まれ、生徒達の興味が分散される。純粋な好意だったり、身近なアイドルとして見立てたり、下ネタの対象だったり、ただのゴシップとして楽しむ奴も居る、鬱陶しいと感じる奴も居る。
あらゆる感情が俺らに向く事に因り、生徒達の心の平穏は保たれ、余計ないざこざが少なからず回避される。
更に『3大勢力』は対立している、仲が悪いと前提する事で、興味を分散させる。人間はてめえが被害を被らない限り、様々なトラブルに顔を顰めながらも、好奇心を示すから」
俺は、なんとも言えない。
「悪く言えば我々は見世物だが、それだけではない。最も目立つ生徒達は、最もトラブルに巻き込まれ易いとも言える。
単純に思春期ならではの好奇心なら良い…どんな手段を使ってでも良いから、より有力な家と親しい関係を築き、既成事実を積み上げる様にと、家から言われて動く生徒達も居る。どうせ十八学園に入るならば、それなりの成果を残して来いと。
『3大勢力』として前に立つ、それが我が身を護る事にも繋がる。これだけ生徒から浮き上がって注目を浴び、それなりの権限を有していれば、迂闊に近付いて来れんのでな」
続いた日和佐先輩の言葉に、皆さん、やれやれと息を吐いていらっしゃる。
「随分昔の事らしいけど〜教師買収して、寮部屋の鍵をどうにかされちゃった事もあったぐらい〜『家から指令組』とか『熱狂的信者』はエグいんだよね〜」
「俺らは特別仲が良いワケじゃねーけど、だから、裏では密に連絡取り合ってるよな〜ヤバい状況になる前に即!報告連絡相談」
「学園限定のGPSも、表向きは『仲が悪いから遭遇しない様に』『仲が悪くても学園を守る為に』で通っているが、実際は俺達の身の保全が第1理由だ」
「勿論、一般生徒の安全な学園生活を担う役目も大きいけれどね」
なんて大変な学校生活を送っていらっしゃるのだろう。
皆さん、それでも辛そうな表情は微塵も見せない。
同じ高校生なのに、どうしてこんなに強く在れるのか…
「…他の皆さん…皆さんのお仲間さんとは、共有できないのですか」
想わず、聞いてしまった。
こんな大がかりなこと、限られた方々の中でひっそり遂行するより、それぞれの輪の中で共有したほうが、皆さんの負担が少ないのではないかと想ったから。
けれども、言うべきことではなかったのかも知れない。
皆さんの表情がかすかに翳ってしまったから、とても後悔した。
「秘密はなるべく少数で共有した方が良い。事が事だけにな」
柾先輩が悪どく微笑った。
ほんのすこし、肩の力が抜けた。
「3大勢力の構成だが…ここにもカラクリがある。最も目立つ生徒達を代表とし、その下には同じく目立っている生徒を配置するのが普通だ。生徒会と風紀委員会は生徒投票という名の、実体は人気投票順で決定するのだが、毎回多少の操作が為される。何故なら、真の『3大勢力』に関わる代表は慎重に選出されねばならない。秘密を維持し、生徒の娯楽の為に演じ切り、全体を冷静に見通す能力が求められる。そして、他の目立つ生徒達の動向を見守る為に、役員を選ぶ」
日和佐先輩の仰ったことに、首を傾げたら。
「悠も宗佑も精神的に不安定な面がある。優月と満月は悪意はないが放胆だ。奴らは生徒会の大事な仲間だが、目を離すと危なっかしい…」
日景館先輩がまるで弟を見守る兄のような発言をなさった。
「はるるも〜とんちんかんとか、他のヤツらの危うさは知ってるっしょ〜?ある程度見てないと、危ねーのよアイツら〜」
「ま、やんちゃしてた俺らが言う事でもねーけどな〜」
一成と仁に同意を求められて、わかるような気がすると想った。
「風紀委員会も同じく…目を離すと危うい生徒を取り込んでいる。他の生徒の為に委員会活動する責任が掛かれば、冷静にならざるを得ないからね」
渡久山先輩もそう仰った。
なんとそんな仕組みだったなんて。
「逆を言えば、目立ってても自立してる生徒は放任してるっつー事。お前のクラスの音成とか、結構な規模の親衛隊があるのに落ち着いたもんだ。役員として集団行動に向きそうにない奴は、武士道行きが普通なんだが…美山は武士道に入れてえ所だが、如何せん、苦戦してんだよなー」
「ミキティはね〜狼ちゃんだからね〜」
「俺らも後2年で卒業だし、美山に任せてーんだけどな〜」
あらら、美山さん、皆さんに注目されているようですよ。
確かに美山さんも男前さんで、目立つオーラを醸し出してるし、武士道にいてもまったく違和感がない。
なるほど〜と腕を組んだところで、日和佐先輩が咳払いなさった。
「大体の所は理解して貰えただろうか、前君」
「はい…すこし混乱してますが、なんとなく…皆さんの大変な学校生活やご苦労の程は俺には計り知れません。想像だに及びませんが…その、いつもお務めお疲れさまです。俺が平穏無事にのんきに過ごせているのも、一重に皆さまの奮闘のお陰だったのですね。感謝が尽きません…ありがとうございます」
深々と頭を下げたら、深々と頭を下げ返された。
「「「「「「いえいえ、とんでもない。勿体ないお言葉です」」」」」」
「いえいえいえいえ、もうほんとうに…のんき過ぎて申し訳ないです。そんなお忙しいご身上でありながら、些末で個人的な試験勉強にお付き合いして頂き、もうなんと言えばいいのやら…!ほんとうにほんとうにありがとうございます」
更に頭を下げたら、渡久山先輩が微笑ってくださった。
「いえいえ、前君との勉強は俺の為にもなったし。そう言えば、試験どうだった?」
「はい!皆さまのお陰さまで俺にとって上々の結果でしたー!渡久山先輩の古典の勉強法、ほんとうに為になりました。ありがとうございます」
「そう!それは良かった」
「はいーえへへ」
和やかに会話してしまっていたら、日和佐先輩が再び咳払いなさった。
他の皆さんも寛ぎモードに入っていたけれど、険しい気配の日和佐先輩に、慌てて姿勢を正されている。
「皆、寛いで居る場合ではない。話はこれで終わりじゃない。問題はこれからだ。
諸先輩方から受け継ぎ、我々が築いて来た平穏が、転校生に因って崩される可能性がある」
2011-03-22 10:32筆[ 278/761 ][*prev] [next#]
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