22.つか、一緒に来てくれる?


 1日の内に2回もおいしいドリンクを堪能できるとは、なんてしあわせなことでしょう。
 ほっこり、どこかのお店にいる気分になって、すぐに我に返った。
 ここはお店じゃないんでした!
 慌てて姿勢を正して、周りを見渡して、また深く腰かけ直した。
 両隣にいる仁と一成は勿論、他の先輩方も皆さん、うっとりと各々のコーヒーを味わっていらっしゃったから。
 「「「「「ふ〜…」」」」」
 寛いだため息が室内に満ちる。
 そうですよねー…まさか食堂でもないこちらで、本物志向のドリンクを頂けるとはねー…想わずほっこりまったりゆったりしちゃいますよねー…
 
 「つか急がねえと日ぃ暮れるし、明日には嵐とやらが来るみてえだし」
 どちら様ですか、この素晴らしいドリンクを目の前にして、そんな情緒のない提起を…
 それはそうなんですけれども、もうすこしお茶を味わう時間があってもいいじゃないですかと顔を上げたら、この場で唯一うっとりしていない、ドリンクを作ったご本人さまの冷静な表情を見つけた。
 ご本人さまはそんなものなんでしょうかねぇ、このおいしさがわからないなんて、何てお気の毒なことでしょうか。
 ともあれ、確かにお茶を飲む為に、こちらへ伺ったわけではない。
 「あ〜ヤバ、写メれば良かった〜昴、俺も次はフラペチーノね〜。さて〜!では始めますか〜」
 一成ののんびりした口調に、皆さん、若干姿勢を正されたから、俺もそれに倣った。

 「俺も次はフラペチーノにするかな〜んじゃ、どうするべ。誰が話す?」
 仁が皆さんを見渡して、皆さんは迷いなく日和佐先輩を見つめた。
 「「「「「年の功と言う事で、お願いします」」」」」
 「な…!貴様等…此所は年上を立てて後輩が動くべき所ではないのか」
 「やだなぁ、日和佐先輩。だからこそ日和佐先輩が適任なんじゃないですかー」
 「日和佐先輩にしか任せられませんよ、こんな重大な役目」
 柾先輩と日景館先輩が、すかさずフォロー?を入れた。
 「俺も、日和佐先輩が1番上手く前君に説明出来ると信じています」
 なんと、渡久山先輩まできりっとした眼差しを向けていらっしゃる。

 「そ、そうかな…?」
 「「「「「そうです。お願いします」」」」」
 「では…期待に応えられる様に努めさせて頂こう」
 他の先輩方が見えないようにひっそりと親指を立て合う中、日和佐先輩はこの状況をなんにも疑っていない瞳で俺を見た。
 皆さんったら…!
 日和佐先輩のお人柄の好さを利用なさったというか、日和佐先輩もノセられ上手というか…
 それにしても、常には見られない不思議な連帯感、ふざけた軽い空気だけれど親密な雰囲気に、部外者の俺が口を挟む隙はない。
 ほんとうに仲がいいからこその、やりとりなんだろうし。

 「そうだな…何から話すべきか。生徒会、風紀委員会、不良組で構成され学園を圧倒している『3大勢力』だが、前君、本来の姿はこうだ。各代表の2人が集まった、この6人が真の『3大勢力』の姿。それをサポートしているのが、前君が聞いている通り、親衛隊総隊長並びに副隊長、同様に『風犬隊』と『野良猫』の隊長並びに副隊長。生徒でこの事情を知る者は僅か12人のみ、一般生徒と教職員は何も知らない。何故、この様な厄介なシステムが必要なのかわかるかな」
 「…すみません、わかりません。皆さんが何かとても大変な責任を負っていらっしゃるのだな、としか…富田先輩と織部先輩からは、皆さんのことを陰で頭脳労働の意味で守っているのだと窺って…俺にはとても想像できません。
 皆さんだって同じ学生さんなのに、学校の規模がこうも大きくなると、そんな大変な責務が生じるのかと、とても驚いております」

 想うところを正直に述べたら、皆さん揃ってすこしだけ目を見張られた。
 「あっは、はるるらし〜」
 「はは、やっぱ癒されるわ〜」
 両隣から腕が伸びてきて、仁と一成にぽんぽんっと頭を撫でられた。
 日和佐先輩の鋭い眼差しが、ほのかに和らいだように見えた。
 「謝らないでくれ。君が感じた事を聞けるのは有り難い。何せ、我々は幼少時から此所に居る。此所でまかり通る『常識』や『普通』に、どんなに気を付けていても多少は馴染まざるを得ない。外から来た君の意見は貴重だ、今後も想う所を忌憚なく聞かせて欲しい。
 つまり、十八学園は一般的な学校ではない。外界から遠く離れた山の中に存在する、全寮制の男子校だ。危うい年頃の男子、それも大半が『家』に関して何らかの事情を持つ生徒が集う…」

 一瞬、空気が沈んだように感じたのは、気のせいだろうか。
 「家」に関して何らかの事情を持つ…?
 それは、先輩たちも…?

 「長期休み以外は外出不可。朝から晩まで閉鎖された学園に拘束される。如何に恵まれた自然環境の下、勉学やスポーツ、娯楽の設備を充実させても、思春期の精神が鬱屈して行くのはやむを得ない。問題が起こるのは明らかだと、学園創立者は一考した。それでは、最初から起こり得る問題を前面に押し出し、表に裏に上手く利用出来ないものかと。かなり聡明な御方だったらしい、創立者は未来への見通しに明るかった。
 それが、『3大勢力』だ」
 起こり得る問題を前面に押し出した存在が、「3大勢力」の皆さん?
 それは一体、どういうことなんだ。
 皆さんは、どれだけのものを負っていらっしゃるんだ。

 想わず眉を顰めてしまっていたのだろう、柾先輩が微笑って俺を見た。
 「んな顔すんな。実際、これで上手く行ってる。『今までは』、だけどな。日和佐先輩、フォローします。こっから実にナルシストな話ですし?」
 「そうだな、昴に頼もう。実に不愉快で複雑な話だからな…」
 げんなりとお顔が引きつっている日和佐先輩に合わせるように、渡久山先輩も仁も一成も日景館先輩もため息を吐いていらっしゃる。
 柾先輩だけは面白そうだった。
 ほんとうに面白がりの笑い上戸なんだなぁ…

 「なんつーかねー…こんだけの規模のこんだけの設備で、政財界でネームバリューのある一族が経営している、幼小中高大一貫制の学園っつったら、それなりに力のある家のお坊ちゃんが集まるワケですよ。世の中金だ!っつーブランド志向が支えの教育を受けて来た奴も多い。それが悪い訳じゃねえ、人間が増えて力を持った分、大いに生産されて消費されないと世界が回らねえのも一理だ。そんな奴らばっかりじゃねえし、何事も一概には言えない」

 大人びた眼差しに、ただ、頷くことしかできなかった。



 2011-03-21 23:59筆


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