19.…じゃなくて、お母様


 奥深い、静かでひんやりとした森。
 ほとんど日が差さない空間、折り重なるように太い木がたくさん立って、濃い緑の葉陰を落としている。
 一応道は作られているけれど、同じ学園内とは想えない、舗装はされておらず自然を生かしたむきだしの砂利道が、細く細く何処かへ伸びている。
 「はるる〜足元気をつけてね〜!」
 「しっかり足上げろな!」
 俺を支えるように走りながら、仁と一成の息はまるで切れない。
 合わせて走りながら、左右の木々を守るようにロープが張られているのが見えた。

 『自然保護区域につき、何人たりとも立ち入り厳禁/十八学園』
 
 よくよく見れば、ところどころにそんな警句を綴った立て板もある。
 この森の中自体が、立ち入っていいものではなさそうだ。
 2人はまったく意に介さず、自分の庭のように走り続けているけれど、果たしていいのだろうか…?
 そもそも、どこへ行くのでしょう。
 これが禁断の近道だったら、後でデコピン3連打の刑ですからね!
 きりっと決意していたら、両側から手を引っぱられた。

 「はると、覚えとけな〜!この出入り口から7個目の立て板が見えたら、ここを突っ切って行く!」
 「わわ…!」
  これが噂の獣道?!
 ざざざっと森の中の道なき道へ踏み込んで、駆け抜ける俺たち。
 「い〜い?しばらくまっすぐ走って〜この木!この枝に縛ってる青い布と矢印が目印ね〜ここまで来たら木の後ろに回って右へ〜!」
 おおっ、なんて立派な大きな木でしょう!
 憧れのウロがある!入りたいなー!雨宿りしたいなー!
 もちろん、入ることは許されず、そのまま走り続ける。

 この辺りから気のせいじゃなく、仁と一成がゆっくりと速度を落として行っているのがわかった。
 体育で習った通り、急に止まるんじゃなくて、徐々にペースダウン。
 次第に歩く速度へ変わった時、相変わらずの森の中、目の前にこんもりとした林が現れた。
 その中へ導くかのように、ぽんぽんと、丸い飛び石がざっくばらんに配置されている。
 「ここまで来たら、この中の1番デカい白い石を選びながら歩いて行く」
 「い〜い?パ・イ・ナ・ツ・プ・ル、3回ね〜馴れたら方向わかる様になるけど〜」
 一成に言われた通り、「パ・イ・ナ・ツ・プ・ル」と唱えながら、白い飛び石を選んでぴょーんと飛んだ。
 2人は手を繋いでくれたまま、隣で見守ってくれた。

 薄暗い林の中、ぴょんぴょん飛び歩く内に、やがて急にぱあっと視界が開けた。
 「え…?!」

 光が差す、暖かい空間。
 そこへ唐突に現れた、お伽話の中に出てきそうな、チョコレート色の三角屋根がついたちいさな白いお家。
 お家の前には、歴史のありそうなポンプ式の井戸と、ちいさな花壇、ハーブ菜園があった。
 手作りのような、木でできた郵便ポストまである。
 蝶がのんびりと花の間を舞っており、小鳥たちはポンプから滴ってできた水たまりに、うれしそうに首をつっこんでいる。
 近くに小川でも流れているのか、さらさらと穏やかな水音が聞こえる。
 見上げた空は、夕暮れの気配をたたえながらも、澄んだ青色を広げていた。
 それはのどかな光景。
 小人が住んでいそうな可愛いお家に、ただ目をぱちくりするしかなかった。
 
 「「到着ー!!」」
  ぼうっと突っ立っている俺に、仁と一成はにこにこしている。
 2人の存在に、ここが現実の世界で、まぎれもなく十八学園の中だということを想い出した。
 「ここは、一体…?どなたさまのお宅…?」
 「どなたさまって!『俺ら』の唯一無二の秘密基地、今日からはるとも『俺ら』の仲間だ」
 2人に優しく手を引かれ、背中を押されるがままに、お家へ近寄った。
 見れば見る程、可愛いらしい…
 もしかしてお菓子でできているんじゃないかと想いきや、そんなことは有り得ないのでした。 

 「はるる〜此所もカードキーなんだけど〜決まったメンバー限定なんだ〜でもはるるのはイケる筈〜」
 なんと、メルヘンチックな外見を裏切るハイテクぶり…!
 一成に促され、屋根とお揃いのチョコレート色の扉にあったカードリーダーに、恐る恐るカードを通した。
 その途端、リンゴンリンゴンチャララ〜と、学校内では聞いたことのない軽快なリズムが鳴り響いて、俺のカードではダメなんじゃ…と後ずさったら鍵が開く音。
 なんだ、なんだ?!
 あわあわ、ドキドキしてたら、2人に笑われた。

 「大丈夫だっての!学園内でも最高レベルの安全圏だぜ?行こう」
 「…ま、野性動物に御用心ってーネックはあるけどね〜そういう注意事項はまた後で〜」 
 また手を繋いでくれた2人に続いて、怖々お家へお邪魔した。
 おお、中はフローリングで土足可なのですね。
 うわー、壁紙可愛いー!
 北欧のヴィンテージクロスみたいな、カラフルな模様だ。
 ほんとうに物語の世界のインテリアのようだ。
 玄関から程なくして、すぐにリビングらしきスペースへ出た。

 出るなり、「「「「遅い」」」」と数人の声に迎えられ、きょろきょろしていた顔を正面へ向けて、驚いた。
 「「めんごめんご〜」」
 軽い謝罪を繰り出した仁と一成は、さっさとそちら側へ行ってしまった。
 取り残された俺は、見知った皆さんへ視線を返すので精一杯。


 「「「「「「ようこそ、『温室』へ!」」」」」」



 2011-03-18 23:11筆


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