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2人で驚かされたことにプンプンしながら、口に運んだアレンジコーヒー。
それはたちまち怒りが立ち消える、ものすごく美味しいコーヒーだった。
ほんとうは、こんなこと想いたくもありませんが。
短い人生だけれども、今までこんな美味しいコーヒー、飲んだことありません…!!
ちゃあんとエスプレッソの味が生きている。
俺が頼んだ欲ばりカスタマイズが主役じゃなくて、あくまでコーヒーを引き立てる存在の、濃厚なミルクの風味とふわっふわのたっぷりホイップ、程よくかかったキャラメルシロップ。
そして、しっかりと熱い。
おいしいぃ…!!
十八さんもうっとりと飲んでいらっしゃる。
十八学園のロゴがバーンと黒1色で入った紙コップは、確か食堂や購買で注文できるテイクアウト用のものだ。
ちゃんとトールサイズで、オーダー用の記号を書き込む欄には、プロっぽいアルファベットが殴り書きされている。
柾先輩、何者?!
ほんとうにこの御方は謎だらけだ。
料理も家事もしません興味もありません生まれてこの方箸の上げ下げしかしたことありませんっていう、失礼ながら日常生活ままなりませんっていうお顔立ちなのに!
もしかして…隠れバリスタ?!
俺の憧れ職業ベスト5に入る(1位は無論、永久不変の料理人です!)、バリスタさまなんですか、この面白がりの変なアイドルさまが?!
お忙しそうなアイドルさまのくせに?!
俺だって俺だって、コーヒーの勉強もみっちりしたい!
俺の隣に悠然と座っている先輩を、こっそり横目で盗み見たら、なんだか美味しそうな雰囲気のものを飲んでいらっしゃるではありませんか。
甘い香りが、鼻をくすぐる。
隣の芝生は青い。
特に、飲食に関しては!
「……先輩は、何を飲んでいらっしゃるのですか?」
恐る恐る問いかけたら、実にあっさりした返答。
「ベリーホワイトショコラティーラテ」
なんですって…!
男前のくせに、お可愛いらしい飲みものチョイスが憎いやら羨ましいやら…!
「へ、へぇー……女の子みたいですね…ふっ」
ティーラテなんて、ティーラテなんて…美味しそう!
「朝は糖分摂取に限る。コーヒー飲んで来たし、厄介事多い週の始まりだし。一口飲む?」
なんですって…!
差し出された紙コップからは、幸福な香りと湯気がふんだんに立ちのぼっている。
怖々、手を伸ばしかけたら、いきなり十八さんが立ち上がった。
「だーっ!!ダメダメ、僕の前でかかか間接キ…!間接キキキ…!!昴君のエロ遺伝子が移っ…絶対ダメーっ!!そもそも、ちょっと君達くっつき過ぎだよ?!理事長の私の前で失礼じゃないかね、柾君!!私の前でも後でも右でも左でも絶っっっ対にダメだからねっ!!間接キキっ…は無論、不必要な接近遭遇は一切禁止する!!君は生徒の代表たる生徒会長なのだから、もっと慎みなさーいっ」
かつてなく語気荒い十八さんの勢いに、ぽかーんとしていたら。
「じゃあ、斜めなら良い?見てない所ならもっと良い?陽大、理事長が俺の部屋なら、」
「ダメーっ!!もっとダメーっ!!!昴君、何を考えてっ…まさか君、まさか…!!」
「冗談ですって〜。理事長、朝からカリカリしてたら、今週は身が保ちませんよー?カルシウム不足?小魚、牛乳、青菜をたっぷり、納豆は健康な日々の基本ですよ。折角豊かな自然に恵まれた環境ですから、時にはデスクワークから抜け出して、森林浴や散策を楽しまれてはいかがでしょう。春の盛りもそろそろ過ぎる今時分、初夏への変化が五官に良い刺激を与えてくれます」
「そうだねー…そう言えば最近、ゆっくり歩き回ってないなー食生活に心配はないんだけどーって、そうじゃなくて!そうじゃなくて…!!」
十八さん、十八さん…柾先輩にすっかりいいように呑まれていらっしゃいますよ!
「柾先輩、理事長さまに対してすこし失礼ではありませんか」
「はるくん……」
援護しようとしたら、極悪な微笑が返って来た。
「どうして…?幼等部の頃から理事長と俺は世代と立場を超えた、大の仲良し茶飲み友達だし…?それとも理事長、俺と育んだ友愛は虚偽だったとでも…?そうだったら僕、凄く哀しいな…今すぐ会長職から退いて学園から消え去りたい位に……ねぇ、り・じ・ちょ・う?」
「昴君と僕は固い友情で結ばれた大の仲良しです。だけど、はるくんに関する質の悪い冗談は勘弁して貰いたいな!貰いたいです…お願いします…」
十八さんったら、先輩になにか弱味でも握られておられるんですか?
しゅんと肩を落とされた十八さんに、柾先輩は快活に笑って、ちっとも悪いと想っていないお顔で「久し振りにお会い出来て嬉しかったので、悪ふざけが過ぎましたね。ごめんなさい」と謝られた。
十八さんはがっくりと項垂れていらっしゃる。
仲がいい故のやりとりなのだろう、でも主導権は柾先輩にあるようだ。
以前聞いた、『昴君は良い子だから近付かない方が良い』という、十八さんのお言葉には相変わらず?マークが飛び交うけれど。
いい子…?
コーヒーは美味しいけれども、どこがでしょうか、俺には理解できません。
「理事長、陽大が首傾げてる。前フリはこの辺にしといて、そろそろ本題に入りません?」
すっと、急に先輩の横顔が覚醒したように見えた。
語調は相変わらずの軽さだったけれど、瞳が鋭く冷めている。
この御方ってば、ほんとう切り替えが早い…
先輩の言葉に、十八さんがはっと顔を上げられた。
「そうだった…!昴君とはるくんと、楽しくお茶を飲んでいる場合じゃないんだった!!」
俄に姿勢を改めた十八さんに倣って、自然と背が伸びた。
リラックスした様子で深く座っておられた先輩も、いつの間にかしゃっきりと凛とした姿勢に変わっている。
十八さんのお顔から、笑顔が消えた。
「大変なんだよ…昴君、はるくん、よく聞いて。これから話す事は勿論、他言無用。特に昴君には慎重に動いて貰う必要があります。この金曜日には新歓を控えて居るだけに、ね…はるくんも心しておいて。嵐がやって来る……」
「「嵐?」」
ちょうどタイミング良く、強い風が外を吹き抜けた。
ガタリと、窓を揺らすほどの強い突風。
視界の隅に移った窓は、カーテンがびしっと閉じられていて、この会合の特殊さを物語っていた。
嵐が、やって来る?
「転校生が来るんだ。それも、明朝」
2011--03-10 23:58筆[ 270/761 ][*prev] [next#]
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