12.嵐の道連れ


 目の前にそびえ建つのは、白き堅固な城塞。
 …ならぬ、趣漂う理事長棟。
 ここを訪れるのはもう何度目だろう。
 初めて入寮した日を除けても、ひぃふぅみぃ……なんだかんだで5回ぐらいかなぁ。
 そのいずれも十八さんからのラブコールで、理事長さまのご機嫌伺いと言うより、遊びに来ちゃいましたっていう気楽なノリだったのに。
 「ふぅ〜…」
 今朝は、気が重い。

 あと10日程で迎える初夏の季節。
 早朝でも暖かくなってきた、新緑が瑞々しくて気持ちがいい。
 それなのに、俺の気は晴れない。
 「大事な緊急のお話」って、なんでしょうか?
 メールで大まかに聞けばよかったかも知れないけれど、どうしてもその勇気が出なかった。
 メールでは話せないことだから、直接会うということなのだろうし。
 憂鬱だ。
 いつも嬉しい気持ちで見上げる理事長棟なのに、どうしたって気分は下がる。

 頑張った、だからいい結果が出る、とは一概に言えない。

 わかっているけれど、皆さんにもあんなに協力して頂いたのに、すこしも結果が出せない俺って一体…なんて情けない男なんだ。
 やはり身に余る分不相応な望みだったのだ。
 十八学園に入学して、十八さんのことをもっと知りたいだなんて。
 十八さんも、がっかりなさっておられるのだろうな…
 はっ、これで母さんとの再婚話が立ち消えちゃったら、俺はほんとうにどうしたらいいんだ。
 どなたさまにも会わせる顔がない、生きて行く意味もない、まして夢なんて見る資格なし、この上は腹を切ってお詫びするしか…!!

 
 「……あれ?陽大じゃん」


 えぇい、この切迫した状況でどこのどなたさまですか、非常に呑気なお声をかけてくださったのは!
 進退窮まった俺に何の口出しも無用!
 と、勢いよく振り返って、目をぱちくり。
 「柾先輩…」
 青色が、脳裏をよぎった。
 お礼を言うチャンスだけれど、今はそれどころじゃない上に、どうしてこんなところへこんな早朝から先輩が出没なさったのか。
 「なるべく誰にも見咎められない様に、こっそりと」って、十八さんメールに書かれてあった。
 よりにもよって、人を見れば爆笑するような面白がりの先輩と遭遇するなんて、なんて間の悪い!
 とりあえず!

 「お、おはようございます…?」
 「ふはっ、相変わらずなのな、半疑問トーク。おはよう、久し振り?」
 いきなり笑い始めている、試験期間まったくお見かけしなかった柾先輩は、早朝でも飄々と余裕の雰囲気を称えておられた。
 …この御方は恐らく、就寝中でも寝起きでも、いつだって24時間365日万全の態勢で男前なんだろう…ふん、なに、別に羨ましくありませんがね。
 「お久しぶりでございます。お変わりないご様子、大変結構なことですね?」
 「これはご丁寧に有り難うございます。陽大も元気そうじゃん、肩落ちてるけど?」
 と言うか、ですね。

 「何故、いつから、俺は先輩に呼び捨てにされているのでしょうか…?」
 「あ?自然に?俺、『ちゃん』『君』『さん』『様』付けで呼ぶ習慣ないし。名字で呼ぶのも白々しいしいーじゃん。良い名前だしな、『陽大』って。それとも何か、一般生徒の後輩がこの俺に逆らうとでも?」
 っく…!
 権力が権力だけに、笠に着られると何も言えません。
 「……陽大死すとも自由は死せず……」
 「はは!何、1人自由民権運動しちゃってんの。つかお前、こんな時間にこんな所で何してんだよ」
 「そ、そういう柾先輩こそ、何をしていらっしゃるんでしょうか?」
 「………」
 「………」

 途端に、しーんと気詰まりな沈黙が辺りを覆った。
 雀がチュンチュン鳴く声が、平和に響いている。
 何か考え深気な瞳で黙する先輩を、油断しないように見つめながら、一生懸命推理した。
 理事長棟、つまり理事長と生徒会長、つまり十八さんと柾先輩。
 お立場上、少なからずとも関わりはあるのだろう、十八さんは先輩のことをよく知っておられるようだったし。
 問題は、俺がお呼出しされた時間帯に、出現なさったということ。
 たまたまなのか、それとも、柾先輩も十八さんに呼び出されたということか。
 もしこの仮定が当たっているとしたら?

 「……柾先輩も、まさか成績が悪くて……?」

 同類!?
 と、想わず顔を輝かせたら、瞬時に額を小突かれた。
 「何を気の毒そうな嬉しそうな、憐れみでいっぱいって顔してんだよ。意味わかんねえし。成績悪いからっていちいち理事長が呼び出すわけねえじゃん。…つー事は、やっぱ陽大も理事長から連絡貰ったんだな?」
 「……うう…おでこが減る…」
 「ちょっと突ついて減るかっつの。つか変な心配してんのな?俺の試験対策は間違いなかっただろ。1年の試験問題見たけど、教えてやった所がっつり出てたじゃん」
 「…そうでしたっけ…?」

 トボケてみたけれど、そうなんですよね、実は。
 それがきちんとできたかどうか、自信ないんですけれども。
 しょぼしょぼと俯いたら、頭を撫でられた。
 「大丈夫。じゃ、とっとと行こうぜ。誰かに見られたらやべえ」
 「はい…ふぅ……」
 「ははっ、じーさんみてえなため息吐くなよ。大丈夫だっての。陽大と俺に共通した理事長の話、ってのが何かわかんねえけど」
 「ですよねー、ほんとうその通りですよねー…先輩も具体的な話は聞いていらっしゃらないのですね…」
 「んな遠い目すんなよ…別に不吉な予感しねえし、何とかなんだろ。開けるぞ」

 さっと先輩が取り出されたカードは、一見するとゴールドカードで、けれども朝日に当たると黒く光った。
 生徒会長さまだけに、どうやら特殊なカードのようだ。
 理事長棟なのにすんなり扉が開き、馴れたご様子で先輩が先へ入り、手招いてくれた。
 ギィイと、扉が閉まる年季のある音に、俺は想わず身を竦めたものの、柾先輩の3度目の「大丈夫」に励まされ、恐る恐る足を踏み出した。



 2011--03-08 10:50筆


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