12.お母さんは魔法の鍵を手に入れた!


 ひとしきりお話した後、母さんが十八さんに持たせてくれたらしいお弁当を、ソファーに並んで腰かけ、一緒に食べた。
 料理上手な母さんの、とりわけ絶品のだし巻き卵、いつもは十八さんと微妙な空気の中で取り合いになるんだけれど。
 今回は、俺と食事する機会がこれから減ること、入学祝いの気持ちもこめて…って、二切れも多く譲ってくださった。
 十八さんって、ほんとう、お茶目でお可愛らしい御方だ。

 そうこうしている内に、壁にかかったアンティークの風格漂う時計の、英数字が刻まれた盤の上で、短針も秒針もてっぺんを軽く通り過ぎていって。
 楽しい時間って、ほんとうあっという間だ。
 ここへ来て、結構な時間を過ごしてしまった。
 十八さんはまだまだいくらでも話したい!って雰囲気、俺だってそうしたいけれど、いい加減に辞去しなければ…

 入寮予定は昼頃ですって、寮の管理人さんにもお伝えしているし。
 十八さんだって、寛いだご様子だけれど、まごうことなき執務中だ。 
 俺が腰を浮かせた途端、ソワソワし始める十八さんをなだめて、退室する旨を穏やかにていねいにお伝えしたら、やっと了承してくれた。
 それはそれは深いため息を吐かれた、しょんぼりしたお姿に、ちょっぴり切なさを感じる。
 渋々といった体でソファーから立ち上がった十八さんは、立派なデスクの一番上の引き出しから、金の縁取りが施された封筒を取り出し戻って来られた。

 「はるくん。コレが君の学園内の生活を支えるカードだよ。お金以上に貴重品だから、絶対になくさない様に、盗られない様に気を付けてね。紛失した時の手続き、すっごくすっごく大変だから…」
 封筒の中から現れたのは、遥か太古から存在する伝説の迷宮へ通じる鍵…じゃなくって、光の加減でゴールドにも見える、シルバー地のツヤツヤしたカードだった。
 表面は無地。
 裏面には、「十八学園」の印字と本人以外の他者が拾った場合の連絡先、何やら英数字の羅列と、機械で読み取るらしきライン、名前をサインする欄があった。

 「このカード一枚で、学園内の身分証明代わりにもなるし、購買や食堂の利用、いろんな施設の利用が可能だよ。尚且つ、寮の鍵でもあるからね。生徒が過分な金銭を持たない様に、これで学園内で必要な日用品や食費を記録して、後からまとめて支払うシステムになっているんだ」

 ほっほう〜?
 すごい。
 すごい…!!
 なんだかファンタジック…じゃなくって、近代的…!!
 現代もここまで進化しているんですなぁ。
 俺、こういう不思議な話、大好きなんだけれど。
 だけど、気になることが聞こえた。

 「後からまとめて支払うシステム…?」
 「うん。生徒皆、保護者の方々が学費と同じ様に支払って居られるよ。はるくんの保護者は僕だからね!安心して遠慮なくどどーんと使ってね!」
 「え…そう、なんですか…?」
 「うん!も〜はるくん、急に恐縮した顔にならないでよ〜これぐらい当然だから!寧ろ、使ってくれないと寂しいし…?何せ、特別な理由や特権がない限り、一般生徒は外出不可だからね。学園内で必要な物は全て揃う様になっている。だから、遠慮しないでね!」

 そっか…全寮制って、そういうことなんだなぁ…
 にこにこ笑ってる十八さんに、俺は深々と頭を下げた。
 「何から何までありがとうございます。お世話かけてしまって、恐れ入ります…このカード、大切に使わせていただきますね」
 「イヤっ!そんな他人行儀なの、イヤだってば…!泣きそう…!」
 「十八さん…はいはい、ほんとうに泣きそうなお顔しないでください。ね?ごめんなさい、別に他人行儀なわけじゃないですから」

 「ううう…はるくん〜……」
 「こんな近代的なシステムに触れることができて、ちょっと感動っていうか…なんだか嬉しいです。使うのが楽しみです〜」
 「へへ!じゃんじゃん使ってね!はるくんの『例の趣味』も、ソレで充実できると思うよ!話は通してあるからね〜」 
 俺の、趣味…!!

 「ほんとうですか…?!」
 「うん!!任せて!!」
 「わ〜……ありがとうございます〜十八さんんん〜…」
 「はるくんんん〜」
 「俺、ほんっとうにうれしいです…!!ますますここでの生活が楽しみになってきました!」
 「良かったよ〜喜んで貰えて僕も嬉しい!あ、後ね、はるくんのカードはちょっと特別仕様なんだ」

 「特別仕様???」
 首を傾げたら、十八さんは胸を張って、得意げに仰った。
 「うん。一般生徒と同じシルバーカードなんだけど…ほら、光の加減でゴールドに見えるのがわかる?一般的な範囲の出入りと使用が可能な他、はるくんはこの理事長室にも自由に出入り出来るんだ。他の子達には内緒にしておいてね!だから、本当にいつでも会いに来てね!待ってるから」 

 「え、でも…さっき、副会長さまと普通にやって来て、すんなり入れましたけど…???」
 「ああ、はるくんが来るってわかってたから、あらかじめロックを外しておいたんだ。普段はこのはるくんのカードがない限り、生徒がここへ立ち入る事は出来ない。僕の役職上、警備なんかも兼ねて結構複雑なんだよ〜」
 「なるほど〜…わかりました!じゃあ、いいものができたら、十八さんにこっそりお届けに参りますね!」

 「はるくん…!!うん、いいものがあってもなくても用事がなくても、僕はいつでもオッケーだからね」
 「はい!」
 不思議な、金属みたいに冷ややかなカード。
 光にかざして、金色に光るのを見つめながら、これが、十八さんと俺を繋ぐ証みたいで。
 絶対になくさないように、大切にしようって、強く思った。



 2010-04-04 22:07筆


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