9.お、お母さあああん…!


 きっと情けない顔で、なんとか笑った。
 ちゃんと、伝えたい。
 どうか伝わって。
 「ほんと…嬉しいですー…!俺など何もしておりませんのに、むしろ皆さまにいつもよくして頂いてばかりなのに…こんなふうに、お祝いしてくださること考えて頂けるなんて…嬉しいです。ありがとうございます!」
 涙を振りきる為に、勢いよく頭を下げた。
 変わらず静かな教室内、ぽつりと、合原さんのお声が響いた。

 「……嬉しい、の…?」

 顔を上げると、無表情な合原さんと目が合った。
 無表情だけれど、眉が下がっている。
 不安そうに、瞳が揺れている。
 「すっごくすっごく嬉しいですよー!まさかこんなことになっているなんて、試験対策に夢中で、想いもしなかったものですから…」
 「でも…!前陽大には昔の友達が居るんでしょ!こんな山奥にまであんな大量の花…見せつけるみたいに送って来る程、仲の良い友達が!僕達がどんなサプライズしたって、嬉しいワケない!」
 他の皆さんも、合原さんのお言葉にこくこく頷いていらっしゃる。
 それで、片付けようとなさっておられたのだろうか。 

 「秀平…えぇと、小学校の頃から知ってる友だちは、今でも友だちだと言ってくれる有り難い存在です。今朝は皆さんを驚かせてしまってすみませんでした。俺も予測できない、大胆な行動を取る子たちですが、進路が離れてからも想いやってくれる、大切な存在なんです。皆さんの温かい計画に水を差す結果を招いて申し訳ありませんが、どうかご容赦ください…」
 「ほら!前陽大はやっぱりソッチのが大事なんでしょ!じゃあどうぞご勝手に!」
 「ですが!俺は、ほんとうに嬉しいです」
 語気を強めると、再びそっぽを向かれた合原さんが、はっとこちらを振り返った。

 「……正直、自分の学力の無理を押してこちらに入学したものですから…学業の面でも、知っている人たちが少ないことでも、すごく不安だったんです。俺はここではイレギュラーな存在のようですし、いきなり学校中に注目される振る舞いの数々で、皆さまに少なからずともご迷惑をお掛けしておりますし…。
 卒業、できるかなぁとか…お恥ずかしい話ですが、既に及び腰なんです。
 それなのに、こうやって十八学園でも『母の日』のお祝いをして頂けるなんて、まったく想ってもみませんでした。なんにもしてないのに、ご迷惑ばっかりお掛けしているのに…」

 ダメだぁ〜……
 すこしだけ消えかけた黒板に、いくつも書かれたメッセージに、うっかり視線を向けてしまったら、どうなるかなんて。
 わかっていたのに。
 涙腺、ぽろっと崩壊。
 慌てて涙を拭い、鼻をすすりながら、腹筋に力を入れ、気力を振りしぼって笑った。
 「ほんとうに、ほんとうにありがとうございます…!」
 受け入れて頂いているようで、自分の居場所がここに在るようで、すごく嬉しい。

 どうか、伝わって。

 やや経ってから、教室内がゆっくり動き始めた。
 最初に、へにゃあっと合原さんの顔が歪み、こちらへ突進して来られた。
 かろうじてちいさなお身体を受け止めたけれど、ぐらっと揺らいでしまった…男・前陽大、迂闊!
 揺らいだ身体は、背後にいらっしゃる美山さんが、「…っち…合原め…」とかなんとか低く呟きながらも支えてくださった。
 音成さんは明るい声で、「撤収ストーップ!も1回飾ろーぜー」と皆さんに呼びかけてくださっている。

 業田先生はにやりと笑って、パンっと軽快に両手を鳴らした。
 「はいはい、お前らー!お母さんは嬉しいってよー!だーから俺は中学だか何か知らんが、昔のダチ如きに心折れてないで、予定通り進行しろっつったろーが。ま、結果良ければ全て良し!折角気合い入れて用意したんだ、仕切り直すぞー」
 「「「「「はぁい!」」」」」
 それから、立ち直られた合原さんも一緒に、クラスの皆さんで教室中の飾りつけが復活。
 HRの時間中いっぱい、「母の日」のお祝いを、おおいに照れながら満喫させて頂いたのだった。



 2011-03-05 23:47筆


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