8.アレレレ!
黒板をいっぱいに使った、たくさんのひとことメッセージ。
中央には、どなたが描いてくださったのか、デフォルメされた俺らしき似顔絵がどーんと存在している。
まさか…
まさか、皆さん…
業田先生は「見つかっちまったなら仕様がないよなー…」と、ため息混じりに苦笑なさった。
クラスの皆さんは、なんだかしゅんと下を向いておられる。
「あー…前、明後日の日曜日は母の日だろ?」
「は、はい…」
「それでな、何を想ったのかコイツら、前にいつも世話になってるから何かしたいっつってなー…前のあだ名、『お母さん』だしな。捻くれたコイツらなりに純粋な気持ちで準備してたワケ。それに3大勢力とかいろいろ賛同して来て、俺にも話来てー…中間前だから、じゃあ今日のHR使って祝うかーってなって、事前に計画練りまくって、今朝6時に教室集合して、」
業田先生のお言葉を、教室後方にあるお花を片付けようとなさっていた合原さんが、不意に遮った。
「……もう良いですよ、業田先生」
「合原、」
「もう良いんですって。結局全部必要なくなっちゃったし?」
相変わらず静まり返った教室内に、合原さんのお言葉が響き渡る。
それが合図のように、止まっていた皆さんが、再び動き始めた。
あちこちに置かれているお花たち、手作りと思しきたくさんの飾りが、黙々と撤収されて行く。
「あの…合原さん、皆さん…」
「必要ないでしょ?!余計な事だったでしょ?!コソコソ浮かれて用意した僕達がバカみたい…お前だって心の中でバカにしてるんでしょ!退いてよっ、HRが始められない!」
つかつかと荒い足取りでやって来た合原さんは、業田先生から黒板消しを奪う様に強引に受け取り、黒板を消そうと手を伸ばした。
それを業田先生が止めたことで、憮然とした表情になってしまい、そっぽを向かれた。
華奢な横顔を、俺は呆然と見つめた。
紅潮したちいさな頬、固く握り締められた黒板消し…瞳は充血していて、疲れているようにも今にも泣き出しそうにも見えた。
音成さんが、軽く息を吐かれた。
「悪いな、前。皆でさー結構楽しみにしてたんだ、今日。計画当初はそんなやる気なかったんだけどさ。3大勢力サマ方とかいろいろ動き出しちゃって、せんせーまで協力してくれるし、どんどん話デカくなってー、一致団結するしかなくなってさ。前が驚くかなーって、驚く顔が見たいなーって盛り上がっちゃって。何か、ごめんな?」
なんで、謝るんだろう。
なにがどうなっているのか…
困惑する俺に、美山さんが静かに仰った。
「『母の日』にお前を祝うなんて妙な計画、考え付くのは俺達だけだと想ってた。そしたら、朝イチでお前の昔馴染みからド派手な花がわんさか届いてたから、度肝抜かれた」
ああ、そうなんだ。
皆さんも、お祝いしようとしてくださったんだ。
まったく気づかなかった…
俺は自分の試験のことで頭がいっぱいで、お忙しい皆さんが、まさか俺の為に母の日の準備をしてくださっているなんて、想いも及ばなかった。
言われてみれば皆さん、今週はソワソワなさっていたような気がする。
そう言えば昨日、『明日もいつも通りの時間に登校して来る?』って聞かれた。
俺は、何の疑問も持たなくて。
今朝、6時に教室集合って。
先生まで協力してくださって。
ここにはいらっしゃらないけれど、3大勢力の皆さままで。
手作りの飾りつけをしてくださって。
こんなにもたくさんのお花を用意してくださって。
皆さんだって、試験前なのに、俺1人の為に一致団結してくださった。
楽しみにしてくださっていたのだろう。
驚かせようと、頑張ってくださったのだろう。
俺は何もしていない、気づきもしなかったのに。
これだけ準備するには、たくさんの時間がかかっただろう。
いろいろなお話合いも、何度かあったかも知れない。
皆さんのお気持ちが、とても、とても嬉しくて。
「……び…っくり、しましたぁ〜…!どうしよう…どうしたらいいでしょうかね…?す……っごく、嬉しいです…!」
嬉しすぎて。
なんとか笑いながらも、瞬く間に鼻の奥がツーンとして、目元がじわあっと熱くなった。
2011-03-04 23:59筆[ 263/761 ][*prev] [next#]
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