4.孤独な狼ちゃんの心の中(5)


 前のヤツ………。
 急にデカい声で張り切って叫びやがったから、指摘した途端、人の後ろに隠れやがった。
 そうかと想ったら、すぐに立ち直って、延々と繰り返される朝の挨拶に応じてやがる。
 っとに、変なヤツ…
 表情も動作もコロコロ変わり過ぎだろ。
 周りのヤツらはそんな前の様子を、生徒も教師も気味悪ぃぐらい微笑ましく見守っている。
 この俺でも想わず笑いそうになるぐらいだ。

 変なヤツだ、マジで。
 コイツの周りは、平和な空気で満ちている。
 ちょっと関わっただけで、こっちにも伝染しそうなぐらいに。


 最近、ソレが怖ぇ。


 もう1ヵ月か。
 前が外部入学して来て、同室になって1ヵ月。
 早いと、感じる事すら怖ぇ。
 時間は、経って欲しい時程、動かない。
 このままで良い、何も変わりたくない時程、あっと言う間に過ぎ去って行く。
 時が経つ事を早く感じる、それは我知らず充実した時間を過ごしたからだとも言う。
 どうして前に関わってから、時間が経つのが早いのか。 

 もう5月か…

 意気揚々と俺の少し前を歩くヤツの姿を、ちらっと見た。
 ひっきりなしに掛かる声に、分け隔てなくヘラヘラ応じながら、登校経路を見回す事に余念がない。
 急に立ち止まったり、はっと目を見張ったりするから、最初の頃はいちいち身構えた。
 けど、何ら大した事ない、いつも通る道の何かの雑草が咲いてたとか、街路樹に何かの虫がいたとか、空が青いの青くないの、風が花の香りをどうのこうのと、コイツは毎日毎朝忙しいだけ、そうわかってから、ただ傍観する様になった。
 
 今朝も相変わらずキョロキョロしてやがる。
 ちっせー背中、ちっせー頭。
 つか、チビめ。
 代わり映えしないいつもの景色を、何で毎朝いちいち新鮮に感じられるんだ。
 何でそんな、おめでたい構造の頭なんだ。
 そして、1番めでたい頭してんのは、結局ずっと一緒に登校して、コイツの朝の習慣に付き合ってる俺なんだろう。

 1ヵ月も経って、こんだけ学園全体に名が知られてりゃ、もう一緒に居る必要なんかない。
 いくらチビでもクソガキじゃねぇ、まして前は「お母さん」とか呼ばれるぐらい、実はしっかりしてる。
 少なくとも、人目がある朝に揃って登校する必要はない。
 離れるべきだ、と想う。
 弁当シフトとか、くだらねーガキの遊戯みてーな決まりが出来た時点で、俺は離れるべきだった。

 前が変なヤツで、「皆のお母さん」で、学園から必要とされる目立つ存在だと、俺は知ってんのに。
 ゴールデンウィークの間、ずっと考えてた。
 休みが明けたら、もっと距離を置こうと。
 俺がいつまでも関わって良い相手じゃねー。
 コイツの隣は、居心地が悪い。
 決して愉快な気分にはならない(誰の隣だってそうだが)。

 …にも関わらず休み明け、俺はまたいつも通り前と一緒に居る。
 朝はメシと弁当の用意を手伝って、登校して、1限から律儀に顔出して、夜になったら当たり前の様に部屋へ戻る。
 今月から、クソウザったるい行事が山程ある、前が上手く対処出来るか、今から気にしたりしてる。
 俺は一体、どうしたいんだ。
 どうするつもりだ。

 どうしてこんなチビの事が気になるんだ。

 らしくない。
 わかってる。
 けど、どうしようもなくて、俺は結局ダラダラとこのままなんだろう。


 この時点では、このいっそ薄ら寒いぐらい穏やかな日々が、近く覆る事になろうとは、全く想像もしていなかった。



 2011-02-27 23:59筆


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