3.嵐の前の静かな日常
「あ、お母さん!おはようございます」
「おはようございます」
「おはよう、前君」
「おはようございます」
「「「「「今日のお弁当はなぁに?」」」」」
「今日はお楽しみカツ弁当ですよ〜」
「「「「「わぁ、美味しそう!お弁当シフト頑張ってね!」」」」」
「はい!ありがとうございます〜あ、おはようございます。おはようございます」
ゴールデンウィークが終わったら、日常が戻って来た。
十八学園で、ゆっくり形成されていく日常が。
この朝の光景もそのひとつ。
お弁当シフトが数巡したところで、それまで関わりのなかった皆さん…学校の中でもきっと、人懐っこくて気さくなお人柄の方々だろう…が、俺を見かけたらお声をかけてくださるようになった。
朝、登校途中に会ったら「おはよう」。
昼間、どこかですれ違ったら「こんにちは」。
放課後、帰る途中に会ったら「お疲れさま」もしくは「こんばんは」。
それは、お弁当メンバーさまの関係者さんだったり、見守ってくださっている人たちだったり、実に様々で学年問わず、中には「お母さん」とあだ名を呼んでくださる御方も!
挨拶の最後は決まって、お弁当の内容への問いかけと、「頑張って」で締めくくられる。
ほんとう、中学時代の再現みたいで、皆さんと言葉を交わせてすごく嬉しい。
挨拶って、やっぱり気持ちがいいものだ。
段々顔馴染みになっていく、そのゆっくりした過程も嬉しい。
「おや、前君。おはよう」
「おはようございます、谷口先生」
「今日も大きな荷物を抱えて元気だね。感心、感心」
登校見回りの先生方と挨拶を交わすのも、1日が始まるなぁって心身共に引き締まっていいものだ。
挨拶の言葉たちって、明るい音で構成されていて、口にすれば元気を分け合えるような気がする。
日本語って、ほんとうに美しいねぇ…
いい朝だねぇ…
迫り来る中間試験さえなければ、もっと朗らかなのにねぇ…
十八学園で入試以来、初めての本格的なテストは、いよいよ今月半ばに実施されてしまう。
テストだ!祭りだ!と言わんばかりに、最近、気の所為なんかじゃなく各教科全て、先生方の授業ペースはますます高速化している。
うららかな春を迎えたばかりなのに、とってもとっても憂鬱です。
テスト1週間前になったら、お弁当シフトはお休みさせて頂かないとねぇ…
非常にやばいのです。
いきなり追試かも知れません。
いや、追試とか補講とか、俺に優しいシステム、十八学園にはなかったような気がします。
まさか…
退学対象…?
1学期早々、追い出されちゃう?
十八さんにも呆れられて?
母さんにも笑われて、家を追い出されて?
武士道や、秀平たちにまで見放されちゃったりして?
なにもかも失って、料理への道まで閉ざされちゃったりして。
そうなったら俺、生きていく自信がありませんとも、ええ。
だからこそ、みっちり勉強しなくっちゃね。
中間試験が終わったら、あとはお楽しみ企画満載っぽいしね!
新入生歓迎会???とか言うミニイベントが、すぐにあって、それについては今度の朝礼で話すとかなんとか、生徒会の皆さんが仰ってたっけ。
歓迎会のすぐ後には、なんとも早いことに、体育祭へ向けて学園中が一体化するんだとかなんとか。
山間に建つこの学校の特色上、比較的過ごし易い時期、6月下旬に体育祭を行うらしい。
進級したばかりのぎこちなさ、3年生は夏頃から進路へ向けて忙殺されて行くこともあり、ものすごく盛り上がる一大イベントなんだって。
楽しみ!
身体を動かすことは大好きだ。
むしろ、身体を動かすことのほうがいい。
タイムセールで鍛えたこの足と勘、どこまで通用するかわからないけれど、皆さんと楽しい想い出が作れたらいいな!
3大勢力さんたちは、試験後すぐにやって来るこの2つのイベントについて、なんだかげっそりしておられたっけ…
すこしでもお手伝いできたらいいんだけれど。
お楽しみイベントの為にも、先ずは中間試験という大きな山を乗り越えなくてはね!
「ファイトォー!一発、二発、三発!!」
気合いを入れたら、隣からブレザーの袖を掴まれた。
へ?っと振り向けば、美山さんの微妙な表情。
「……んだよ…急に叫ぶな、目立ってる」
あ。
辺りを見渡せば、くすくす笑っておられる生徒さんや、びっくりなさっておられる生徒さんばかり。
顔が赤くなるのを自覚しつつ、すみませんでしたと一礼し、美山さんの背中に隠れるようにそそくさと退散した。
美山さん含め、日頃いっしょにいる皆さんの背が高いのは、羨ましいやらほんのちょっぴり憎らしいやら…複雑ですが、こんな時はとってもお役立ちですよ。
ありがとうございます。
2011-02-26 23:38筆[ 258/761 ][*prev] [next#]
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