92.くれぐれもお気をつけて


 寮の自室がある階から、下のロビーへ続く階段は、全部で90段。
 上り下りする内に自然と数えてしまった。
 山の中にある学校内は、とても広くて、毎日たくさん歩く。
 それでも、健康の為にと階段を使ってしまう。
 皆さんには何でわざわざ?って笑われるけれど、あちこちにあるエレベーターの電気代がもったいないし、可能な限り身体を動かしたいから。

 今はまだ、何かの部活に入る予定もないし。
 もうすこししたら、そうだな…お弁当シフトが軌道に乗り始めて、ハイペースな授業にも馴れて来たら、ちょっと考えてみたい。
 運動関係がいいな、憧れる〜!
 それか、食堂部とか食堂部とか食堂部とか?
 それは冗談にしても、中学の時は家庭科部に入っていたから、そういうノリも懐かしいなぁ。

 秀平たちが乗りこんで来て、作った料理やお菓子をつまみ食いするものだから、フライ返しやお玉でよく威嚇したっけ…
 制服のボタンが取れた〜とか、保健室じゃないって言ってるのにケガした〜とか、図書室じゃないって言ってるのに本読む〜とか、宿題一緒にやろ〜とか…
 いろんな人が出入りして、わーわー楽しくて。
 …まぁ、元祖「ホーム」でも最終的にはそんなノリになったし、十八「ホーム」でもそんなノリだけれど。

 でも折角の高校生活なんだから、部活動に参加して青春するべきだよね!
 もしかしたら、これが最後の学生生活になるかも知れない。
 卒業後、調理の専門学校へ行くか、それともどこかへ修行に出るか、まだ決めていないけれど、きっと俺が大学へ上がることはない。
 貴重な学生生活だ。 
 将来、自分の店を持った時とかさ、お客さんに話せるような想い出があったら素敵だなあって想うし。
 今でももちろん、「儂は昔、高校生の時、お弁当シフトっていう企画に参加してのぅ…」「武士道っていうチームに、友だちがたくさんいて、よく集まってワイワイ食事したものじゃ」「中学生の時は、皆、儂の夢を応援しててくれてなぁ…」とか、語れることはあるけれども。

 まだまだ全然、想像もできないけれど、結婚して子供を授かって孫まで授かった日にはどうしましょう。
 そのちいさな子たちにも胸を張って語れる、たくさんの想い出を作りたい。
 部活動、憧れ!
 部員一同で何かを作り上げる、共有するって最高!
 十八学園には魅力的な部活動がたくさんあるみたいだし、落ち着いたらいろいろ見学したいな。
 まあ、ノンビリ行きましょう。
 そんなことを考えながら、いつものように階段を下りきってロビーへ着く。

 十八学園で迎える休日、5回目。
 今日も朝からよく晴れていて、とってもうれしい。
 美山さんは、金曜日から土曜日はお留守が多いみたいだ。
 なんだか心配だけれど、プライベートには口を出せない。
 お陰さまと言っていいものか…気がねなく洗濯をし、布団を干し、フルーツを食べて、あまりのお天気のよさに、朝ごはん前にお散歩しようと出て来たところだ。
 今日はどこを散策しようかなあと、鼻歌混じりにロビーを横切ろうとしたら、交代で常駐していらっしゃる管理人さんが、お久しぶりに拝見するお顔で、想わず足を止めた。

 「あれ…二上さん?」
 何かの書類を繰っていた二上さんは、すこし目を見張られた後、にっこりと顔を上げてくださった。
 「これは前様、おはようございます。お久し振りですね。お会いした当初と変わらず元気な表情に安心致しました。学園生活は如何ですか、そのご様子ですと楽しく過ごされてお出での様ですね」
 「おはようございます、お久しぶりです。覚えていてくださったのですね、ありがとうございます!お陰さまで元気に過ごさせて頂いております。空気もおいしいし、会う御方会う御方、皆さん親切な御方ばかりで…ほっとしている毎日です」

 笑みを深めてうんうんと頷いてくださる二上さん、つられて俺の頬もますます緩んだ。
 「二上さんはお変わりありませんか?俺がお見かけしなかっただけでしょうか、暫くお会いしなかったので、どう為さっておられるだろうと想っていました」
 「お気遣い有り難う御座います。本業が忙し…コホン、いえ、何かと為すべき業務が在りまして、受付に立って居りませんでした。わたくしも元気にして居りますよ」
 「???そうですか〜よかったです〜」
 お出かけですかと問われ、すこし散歩に出ますと言い置き、ロビーを後にした。
 お気をつけてとお辞儀をしてくださった、相変わらず丁寧に応対してくださる二上さんに感動しながら、ますますいい気分で寮から外へ1歩。

 うーん、お天気いいって、ほんとう最高!
 春の瑞々しい空気を吸いこみながら、俺はデタラメに歩き出した。



 「……本当にくれぐれもお気を付けて、と言う所じゃな。前後左右何処からも狙われとる、不憫な子よのう…」
 くくくっと喉を震わせる老紳士に、素早く近寄る黒い影。
 「会長!お時間です。お急ぎ下さい」
 「分かっておる。時に二上、『あれ』が来るのは何時だったかの」
 「来月半ばが最終見通しです」
 「ふぅむ…?」

 老獪な笑顔を知っているのは、この従者のみ。


 「嵐が来るのぅ…夏の前に、春嵐じゃ」


 前後左右上下、斜めからも、どうかくれぐれもお気を付け下さいますように。



 2011-02-20 22:40筆


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