91.化粧オバケ・心太の本音(1)
一平先輩が、笑ってる。
「元気そうだねー前君」
「はい、お陰様で〜富田先輩も織部先輩もお変わりありませんか?」
「俺達は相変わらずだよーな、心太」
「え?あ、はい…」
「そうですか、よかったですー!けれども山のお天気は変わり易いみたいですし、まだ朝晩冷えますので、お互い油断せずに自愛しましょうね。と言うわけで、本日はジンジャーミルクティーを入れてみましたっ」
「おおっ!」
おお…?!
良い香りがすると想ったら、そんな素敵な飲み物を!
前君は、本当によく気の利く子なんだな。
ふわふわと湯気を立てる、温かいティーカップに、一平先輩も俺も線目になった。
「有り難う、前君。頂きます」
「はい!よかったらどうぞ…おやつと一緒に召し上がって下さい。織部先輩もお嫌いじゃなかったらどうぞ」
どうしても2人から距離を空けてしまう俺を、知ってか知らずか、前君はほんわかした笑顔で招き寄せてくれた。
不審に想われないように笑顔を作って(作り笑顔は得意だから大丈夫だろう)、一平先輩が一口飲んだのを見届けてから、カップに口を付けた。
先ず茶葉の良い香りがふわっと広がった後、ミルクとジンジャーが包みこむようにやさしく喉を通って行く。
おいしい…
しっかりと温かい、濃厚なミルクティー。
ほのかな甘味は、ハチミツだろうか。
ここへ来てからずっと、にこにこと笑顔の絶えない前君。
俺達がお茶を飲むのを、嬉しそうに見守っている。
この子には、警戒心や猜疑心がないのだろうか…?
人間が自分を守る為の、決して明るくない感情たちを、彼は何処かへ置き忘れて来たかの様だ。
それは果たして、強さの証なのか。
それとも、彼の弱さを隠す光なのか。
俺は、見極めなければならない。
莉人が気を許し始めている。
アイツが…いや、「アイツら」が1生徒の作った物を喜んで食べるだなんて、今まで考えられない事態だった。
かつてない「弁当シフト」の施行。
好調な滑り出しを迎え、1巡した今日、金曜日。
先週対峙した時と何ら変わりなく、疲れすら見せずに笑顔の絶えない前君。
いや、君は知らないだろうけれど。
俺はずっと、君を見ている。
君の動向を、ずっと探っていた。
俺が直接動き回らずとも、代わりの目も手も足も在る、どうにでもなる事だ。
いつ、何処に居ても、君はずっと笑顔だった。
自室の中までは流石に入り込めない、僅かなプライベートの時間までは知らないが。
君の笑顔は、一体どういう仕組みなんだろう?
俺は、不本意でも何でも、見極めなければならない。
あのプライドが高く生意気な心春の、初めての友達だろうと。
頼れる一平先輩は、来年にはもう居ないのだから。
俺がしっかりと立たなければ、親衛隊は愚か3大勢力の未来すら危うい。
君に害がないのはわかっている。
恐らく、どんな邪な感情も有していないだろう。
問題は、君に関わる周りに在る。
どんな些細な変化も、俺は見逃してはならない。
絶対に、俺は、アイツを守ってみせる。
一平先輩は前君との他愛もない会話を楽しんでいる様だった。
前君に合わせて、笑っている一平先輩。
心春に連れられてやって来るちょっと前、ついさっきだ、一舎と遭遇した事等なかったかの様に、普通に笑っている。
誰にも言わない様に口止めされたから、俺も平静を装うしかない。
前君と同じクラスの一舎祐…
親衛隊の一般隊員に声を掛けたり、弁当シフト施行後は各関係者に接触を図っている様だ。
薄気味の悪い、3大勢力に並ならぬ関心を寄せている一舎。
『前陽大は、3大勢力にせっせと腰振っちゃってるみたいデスネー?アナタ方が知らないだけで、かなりの淫乱ちゃんみたいデスヨー?平凡のクセに誘い受けで襲い受けな淫乱ちゃんなんて…超萌えぇ…!ウソだと想うなら、ヤツの中学時代を探ってみてはイカガ?
まァ…もう遅いかも知れませんネェ、アッハハ!アナタ方が特に崇拝して大事にしている生徒かいちょーと副かいちょー、既にビッチ萌えりーの毒牙に掛かっちゃってるかもネ…?』
ヤツの話を鵜呑みにしないとしても、懸念は残る。
心は落ち着かない。
何故だろう?
……しかし、このさくらんぼソースプリン(最終進化形態)とやらは、異常に美味いなぁ。
2011-02-19 23:28筆[ 254/761 ][*prev] [next#]
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