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 ふと前陽大の手元を見ると、紙袋を提げていた。
 コイツも今からメシなんだろうか。
 それにしては取り巻きが見えない、今日の弁当シフトはどうなっていたか。
 「お前は此所でメシか?弁当シフトは良いのか」
 屈託ない大きな頷きが返ってきた。
 「はい、今日はフリーなんです。食堂に行こうかとも想ったのですが、ちょっとのんびり散策してみようかなと…ここ、もしかして穴場スポットですか?静かでいいですねぇ…」
 葉のそよぎに目を細める様を見て、少し意外に想った。

 …意外でもないか。
 入学早々に注目を集め、未だかつてない奇妙な行事の中心に立たされている。
 いつでも何処でも笑ってる印象が、コイツとそう接していない俺にもあるぐらいだ、行事を受け入れている事からも、人に囲まれるのは嫌いな訳じゃないのだろう。
 単純に、疲れたか。
 たまには1人になりたい気分も当然だ。
 勝手に納得していると、ふいに慌て始めた。

 「あ、あの!先輩のお邪魔になるようでしたら、即刻立ち去りますので遠慮なく仰ってくださいね!もともと、皆と約束した範囲からすこしばかり違反しておりますので…こんな外れまで来るつもりはなかったのですが、意外に奥行きがあるのが楽しくてついつい…。
 しかしながら、ほんとうに広くてきれいな学校さんなんですねぇ。歩いても歩いてもまるで全容が掴めません」
 成る程、単独行動でも、流石に取り巻き共が奔放まで許さないか。
 それなりに諸注意を受けて出て来たらしい。

 「違反も当然だな。この辺りは俺のテリトリーとして認知されているから」
 苦笑を向けると、先程よりもっとあたふたし始めた。
 「そ、そうなんですか…!それは露知らず、大変失礼致しました!以後気をつけさせて頂くことを誓うと共に、今すぐ出て行きますので、どうかご容赦願います。度重なる無礼、誠に申し訳ありません」
 直角な一礼を目の当たりにして、自然に笑えた。
 「謝るな。誰も責めてねーし、ガキ同士の下らない言い争いが元凶だから…お前なら、良い。今から戻ってたら昼休みなくなるぞ。メシ持って来てんなら、此所で食って行け」
 「う…よろしいのでしょうか…?お邪魔じゃないでしょうか」
 「良いっての。ウダウダ言ってないで座れよ」
 「すみませんー…では、厚顔無恥で恐縮ですが、ご厚意に感謝してお邪魔させて頂きます。俺のことは空気だと想ってくださいませ」

 何だコイツ…
 オーバーな言い草に何の冗談かと想ったら、当人は至って真剣な面持ちで、静々とベンチの端に控え目に腰かけている。
 いちいち面白いヤツだ。
 十八で見た事のない新種のキャラクターに、1週間の疲れで強張っていた全身がほぐれる様だった。
 紙袋から何が出て来るのかと想ったら、手製の弁当なるものである事は変わりないらしい。
 自分で料理するというのは、どんな感じなのか。
 自分が食べる物を自分で作る、俺には、この学園にはない感覚だ。
 購買で買ったパンと紙パックのコーヒーを開けながら、不思議に想った。

 暫く、互いに好きなように食事する気配だけが続いた。
 静かだ。
 春先の天気は不安定だが、日中はずっと晴れ間が続いている。
 桜が散った後、日毎に色濃くなる新緑の勢いが眩しい。
 緑に囲まれると、急いた心も僅かに凪ぐ。
 木々の隙間を縫って、何かの鳥が鳴く声が聞こえた。
 話題は特に何もない、静かだ、でもそれが不快じゃなかった。
 1人で居るよりも余程、伸び伸びと呼吸できる様な気すらした。

 1つ目のパンを味気なく齧った後、横から視線を感じた。
 何だと見遣れば、前陽大が膝の上に弁当を広げた状態で、俺の手元を凝視していた。
 「…何だ?」
 「……あの…すみません、お邪魔しておきながら差し出がましいことは重々承知なのですが…宮成先輩、もしや、お昼はそれだけですか…?」
 遠慮がちな問い掛けに、首を傾げつつ、そうだと応えた。
 「なんと…!」
 いや、なんとって…何が?

 「いけませんよー…パンだけじゃ…それもちいさいの2つだけなんて…もしかして小食さんですか?それにしても高校3年生の高身長男子として少ないですよー…はっ、朝食をしっかり召し上がられる派とか?」
 「いや…朝は食わない」
 「なんと…!!」
 なんとって、だから何が?
 2度目の絶句の後、何故か、前陽大はちいさく息を吐いた。
 その視線には、呆れた様な困った色が窺えた。
 何でお前が困るんだ。

 「食生活は個人のデリケートな問題ですけれども、先輩、顔色が優れないようですし…1後輩の身上で勝手を申し上げて失礼ですが、大変なお立場だからこそ、しっかり召し上がったほうがいいと個人的に想います。食は1日を作りますし、まだ午後の授業も残ってます。
 もしお嫌じゃなかったら、おにぎりとおかず、すこしでも召し上がられませんか?」

 見せられた弁当は彩り良く、食に興味のない素人目にも美味そうに見えた。
 常なら冷たくはねのける所だ。
 前陽大と会ったのが、今日が初めてだったら、いつもの様に乱暴に断っていたかも知れない。
 想わず頷き、手を伸ばしたのは、コイツに貰った桜餅が美味かったから。
 コイツの瞳がまっすぐで、心配そうに俺を見ていたから。

 ゴシップからこっち、まともに摂っていなかった食事だった。
 久し振りに食べた米、コイツが作ったおにぎりは、武士道にも大人気だと言う手製のふりかけ?付きのもので、得意そうな顔をするだけあって美味かった。
 米がこんなに美味いと想ったのは、生まれて初めてかも知れない。
 赤の他人が作ったものなのに。

 「……美味い…」
 「でしょう?!そのふりかけは超!プレミアものなんですよ〜我が家秘伝の特製ふりかけなんです。武士道には作ったことをまだ内緒なので、ご内密に願います。実はもう1日置いたほうがしっくりくるんですが、今日は俺だけだしと想って、蔵出しフライングなんですよ〜先輩、これに当たるなんてラッキーです。これからきっと、いいこといっぱい起こりますよ!」
 ふりかけをキッカケに…?
 コレでラッキーとやらを使い果たしたとかではなく?

 笑ったら、もっと笑顔が返ってきて。
 勧められるまま、ピックに刺さったうずら煮と餅ベーコンと焼き葱串、とやらも貰った。
 これも、美味かった。
 美味いと言えば、前陽大は心の底から嬉しそうに微笑った。
 空にある、太陽の様に朗らかだ。
 安堵に包まれた空気を乱す様に、弁当シフトの進捗状況について聞きながら、食事を進めた。

 2個目に食べた、味気ないただのパンですら、美味く感じた。



 2011-02-17 23:17筆


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