88.宮成朝広の一進一退(3)


 金曜日を迎えると、ホッとする。
 時間は過ぎるものとは言え、俺のゴシップはまだ新しい。
 学園の話題は目下、弁当シフトなるものの施行に集中している。
 前陽大の動向へと注目が逸れているお陰で、好奇の目線は随分減ったものの、居心地が良いとは決して言えない。
 致し方ない、毎日が窮屈な程度で済んでいるだけマシだ。 

 これも夏位までの辛抱か。
 新歓と中間が終わって、体育祭の企画立案とリハーサルが始まってしまえば、皆の関心は自然とゴシップから外れて行く。
 凌も…3大勢力も勿論、生徒全員が1学期最初の祭りの慌ただしさに忙殺される。
 体育祭の後は学期末試験が待ち受けており、試験が終わればすぐ夏休みだ。
 ゾッとする。
 まだ、俺にとって今は、平和な内に入るのだろう。

 夏なんか、来て欲しくない。
 十八の3年にとって、正念場になるのが夏休みだ。
 学生として最後の気侭な休みは、ついこの間の春休みで幕を閉じている。
 いや、春休みの段階で、動き始めているヤツは居るだろう。
 進学組も後継者組も、3年にとっては辛く長い夏休みだ。
 代々の3年生を見てきたからわかる。
 それまでどれだけフラフラと浮き名を流していようと、夏休みを迎えた途端、急にこの閉じられた世界から現実へ戻されるのだ。
 戻らざるを得ないのだ。

 急に大人びた顔も、憔悴しきった顔も、諦観した顔もいくつも見てきた、そうしてそのまま、その表情は2度と子供らしさへ回帰する事なく、卒業して行くのを見送ってきた。
 後は長い長い、苦難の道程がひたすら伸びているだけ。
 今年は、俺の番だ。
 何もかも過去になり、俺達は何を手にするか、何を捨てるか、我が身を囲う大人達にとって最善の選択を迫られるがまま、歩き続けざるを得ない。
 ゾッとする。
 これから先の事を想えば、ゴシップに晒された今など、ダメージの内に入らないだろう。
 未来を憂えた所で、どうしようもできないが。
  
 人は、生まれる場所を選べない。

 長い1日の半分が終わり、昼休みになった。
 関わりたくないのか、敢えて放ってくれているのか、友人達にも親衛隊にも単独行動を黙認されている。
 今日も俺は1人で、数少ない安息の場所へ向かった。
 賑やかな校舎を離れた、敷地中央にある広大な庭園の奥は、知る人ぞ知る俺のテリトリーだ。
 草木に囲まれた場所には、簡素な木のベンチがあるのみ。
 特別に整備された場所ではない。
 ほとんど自然のままにしてある、この地味な場所が、何故か落ち着いて好きだった。

 凌との想い出の場所でもある、けど、学園内の何処でも感傷は生まれるし尽きない。
 それだけずっと、凌と一緒に居た。
 俺はどんな痛みも甘受しなければならない。

 ぼんやりと向かった先には、珍しい事に先客が居た。
 辺りを物珍しそうに見回している、小柄な姿には見覚えがあった。
 「…前陽大…?」
 きょとりと振り返った、先週末以来久し振りに見る顔は元気そうだった。
 「あ、宮成先輩!こんにちは」
 「あぁ…」
 「こんな所で奇遇ですねー!あの…先日は大変失礼致しました。先輩も今からお昼ごはんですか」
 明るい笑顔に、場が和む。
 コイツには、ほんの僅かな時間さえあれば、周りの空気を一新させる才能があるらしい。

 生徒会に欲しいなと、退いた身でありながら想わず考えた
 まだ俺から役員思考が抜けていない事に、自嘲の念を覚える。
 柾達も間違いなくコイツを狙っているだろうが。



 2011-02-16 22:42筆


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