84.凌のココロの処方箋(3)


 いよいよ「お弁当シフト」が始まった。
 風紀委員会は皆、前君に好感を抱いた様だった(委員長がどこかぼんやり為さって居られたのは気になるけど…)。
 前君も風紀委員室を気に入ってくれたみたいだ。
 持って来てくれたお弁当を皆で囲んで、和やかな雰囲気で美味しい昼食を頂いた。
 良いスタートを切る事ができて、本当に良かった。

 かつてなく美味しい食事の後、爺が直ぐ手配してくれた物…俺の生家では業務の一環として輸入食材を取り扱っている為、一般に流通している物から一風変わった業務用の物まで、幅広く手に入る…を前君に渡したら、大喜びしてくれた。
 爺が厳選してくれた紙袋の中身は、イタリア産のピュア・エキストラバージンオリーブオイルとパンチェッタ、フランス産のピンクガーリック、スイス産のグリエールチーズ、カナダ産のエキストラライト・メープルシロップ。
 十八のショッピングモールで扱っている物よりマイナーながら、現地では確かな定評が在る物を選んでくれたそうだ。
 手配の良い爺は、それぞれの特徴や用途の提案を記したメモも入れてくれていた。
 
 前君はキラキラ輝く瞳でメモと食材を見つめて、それは嬉しそうなため息を零していた。
 「ほんとうにありがとうございます、渡久山先輩…!大切に大切に使わせて頂いて、おいしいものたくさん作りますね!食材に恥じないように奮闘努力致します!」
 こんなに幸せそうに笑う人、こんなに真摯に努力を誓う人、初めて見たかも知れない…
 前君にお礼がしたかったのに、俺はまた温かい気持ちをもらってしまった。
 本当に料理する事が好きなんだな、彼は自分の夢を大事にしていると、改めて実感した。
 応援したいと、心から想った。

 そして、俺はこんな風に笑えて、周りをも巻き込んで温かくしてしまう、想わず応援したくなる様なものを持っているだろうかと、見つけられるのだろうかと自省した。


 風紀委員のお弁当シフト初日は、こうして無事に終わり、このまま平穏に続けて行けるだろうと、きっと委員の誰もが安堵していただろう。
 俺も安心して、平和を信じていた。

 その放課後、一舎祐に遭遇する迄は。
 
 朝広との報道が流れた後、それ以前でも、俺が単独で行動する事は殆どない。
 教室から委員会棟へ移動する時、或いは休日位だろうか。
 大抵、委員の誰かか、友人と行動を共にする様にしている。
 3大勢力は常に注目されている。
 昴からの厳命がなくても、誰もが単独行動を控えている。
 一舎祐と1対1で出会す事は、だから有り得ない確率だ。
 
 一瞬、寒気が走った。
 
 教室へ忘れた私物を取りに行く途中、この僅かな時間の隙を縫う様に、不意に現れた一舎祐。
 2年の俺の教室と委員会棟は、然程離れていない。
 要注意人物で知れているこの男は、一体どんな勘だか情報網だかで動いているのか。
 何を知っているのか。
 「これはこれは…風紀副委員長の渡久山センパイ〜コンニチハ、ご機嫌いかがデスカ」
 「一舎君…奇遇だね?新学期早々、授業に余り出ていないと聞いているが、体調が優れないのかな?」
 警戒しながら、慎重に言葉を選んだ。

 一舎は、俺と長い会話を望んでいる訳ではない様で、覚束ない足取りで前進し始めた。
 間合いが詰まる毎に、息が詰まりそうだった。
 前君とは見事な迄に対極だ、一舎祐の持つ重く暗い空気。
 「ボクの心配より…渡久山センパイも、前陽大こと萌えりーにゾッコンラブラブなんデショー?もっともっと仲良くなれるといーデスネ〜萌えりーかわいーデスものネ!期待してマスヨ」
 何が言いたい?
 本音が見えず黙っていたら、ゆっくり、すれ違い様に澱んだ闇が、耳を通り過ぎて行った。

 「…って言うか〜萌えりー、渡久山センパイの元ダーリン、宮成センパイにモーションかけちゃってマスヨー…?外部から来た萌えにゃんこちゃん、アナタと親しいフリしながら盗るモノ盗っちゃう淫乱にゃんこカモ〜?嘘だと想うなら、本人に確認してみたら、かわいーかわいーキョドり萌えりーにゃんの姿が見られると想いマスケド」

 言うだけ言って、一舎は振り返りもせずに去って行った。

 前君が、朝広と…?

 俺は、朝広と別れた。
 もう他人だ。
 朝広が誰とどうなろうと、俺には関係ない。
 未練なんてない。
 一舎の言う事に、何の信憑性もない。
 前君に何の邪気もある訳がない…
 わかっている。

 ただ、一舎と接した、後味の悪さだけがいつまでも残った。

 何を企んでいるのか。
 委員長に報告し、「仲間」にも言っておくべきだ。
 それなのに、どうして俺は、迷っているのだろう。



 2011-02-09 23:37筆


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