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まだペンキの匂いがあたらしく残っているホームに戻ったら、皆すっかり待ちぼうけだった。
ソワソワと心配そうに携帯を見たり、そこらを歩き回ったり、落ち着かない様子の皆に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
誰かが「あ、お母さん!」と呟いたら、皆ばっと顔を上げて「「お母さん!」と満面の笑顔になったのが、郷愁を感じさせて懐かしくて、じんわりあったかいものが喉元まで溢れて来る。
「ごめんねー、遅くなっちゃった!お待たせしました、すぐごはんにしようね!」
「お母さん、お母さん、大丈夫?何かあったの?」
「お母さん、道に迷っちゃった?」
「お母さん、誰かに会ったりしちゃったの…?」
「「「「「え…誰に…?」」」」」
わあっと近寄って来て、口々に心配の言葉をかけてくれる皆、急にざわっとざわめいた。
「誰が俺らのお母さんに会って足留めしてくれちゃったのかなぁ…?」
「え、んなのマジ許さねーし?」
「何処の誰かなぁ、俺ら敵に回しちゃうボクちゃんは」
「アハハー、相手かいちょーでもぜってー許さないよねー」
「「「「「打倒・柾昴…!皆でかかれば怖くない!!」」」」」
この子たちは鋭いのか鋭くないのか……
しかも、どれだけ柾先輩が怖いんですか、あんな笑い上戸な御方。
「ハイハイ、勝手に妄想すんなー!はると、味噌だけじゃなくていろいろ用意してたから遅くなったんだ。いーからお前らはとっとと配置に付けー」
「集団でシコらないの〜気持ち悪〜はい、退いた退いた〜お母さんのお通りだ〜はるるの邪魔したら、てめぇら分かってんだろうな…?」
仁と一成が呆れた声を出した途端、ぱっと散り散りになって、皆いい子になった。
流石だ、学校内でも総長、副総長はダテじゃない。
スムーズにたどり着いたキッチン、弱火に加減されて温められていたお鍋にほっとなった。
ほんとうにお待たせしました、ようやく味噌投入です。
火を止めて味噌を溶き入れると、ふわあっと香ばしい風味が辺りに漂い、散り散りになっていた皆がうっとりとなった。
「「「「「お母さん、お腹空いたぁ!」」」」」
もう待ちきれない表情でいっぱいいっぱいの皆、何度も繰り返して来たお馴染みの光景が、すっごくすっごく嬉しい。
またこうやって、皆と一緒に過ごせるんだ。
同じ時間、同じ空間で、楽しくごはんを食べられるんだ。
これからきっと、何度も何度も、皆と繰り返して行ける。
「はいはい、もうできましたよ。順番に器持って来て。たっぷりあるから、押し合いっこも早い物勝ちもダメだからね」
「「「「「はぁい!」」」」」
用意のいい皆のお陰で、ちゃあんと大きめの味噌汁碗が人数分揃っていた。
平等に豚汁を注ぎ終わってから、ビニールシートにべたっと座って、いただきます!
皆、皆、ほんとうにお腹がぺこぺこだったんだろう、もりもりパクパク、でもしっかり味わいながら食べてくれた。
「菜の花チラシ寿司、おいしー…」
「唐揚げ!唐揚げ!唐揚げ!」
「おにぎりだって最高だっちゃ!ウチの好きなきゃらぶき、最高ぉぉぉ!」
「豚汁ー…ほっかほかで染みるー…具だくさん、美味ー…」
「卵焼き…!卵焼きが、卵焼きがね…?!ぷりウマ!」
「新じゃがの煮物が美味い、煮物が…愛情がすごい、愛情が…」
「ああ…ちびキャベツとササミのサラダは病みつきサラダ」
「たけのこ…のこのこ、たけのこのこ…」
「お母さんとお母さんの弁当と桜…風流じゃのう…
作りすぎたぐらいのお弁当も豚汁も、きれいさっぱりなくなった。
お腹がふくれたところで、のんびり桜を眺めながら、桜餅とさくらんぼソースのちいさなプリンでお茶。
ゆっくりと、他愛もない話をしながら、たくさん笑って過ぎて行く、心地のいい時間。
気づいたら、皆そこらに寝っ転がっていて、俺も仁と一成に挟まれて皆に倣った。
穏やかな安心でいっぱいの、しあわせな時間。
青い空と、そよ風に揺れる、桜の木々を仰向けで見上げながらうとうと…自然に目が閉じて行った。
ちょっとだけ、お昼寝させてもらおう。
ほんのちょっとだけ。
またすぐ、起きるから。
2011-02-02 22:59筆[ 243/761 ][*prev] [next#]
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