77.宮成朝広の一進一退(2)
情けない場面を見られた。
誰にも絶対に見られたくなかった。
これ以上、惨めな想いは御免だ。
決して低くないプライドが疼く。
気が向いたりしなければ良かった、ジムに行くとかそんな健全な…柾みたいな事。
けど、鬱屈した気分をどうにか紛らせたくて、人目を忍んで出て来たのが悪かった。
どうして凌がこんな所に居る…?
遠目でもすぐわかった、途端にざわつく鼓動、ひりついた胸が、俺の足をその場に縫い付けた。
息を潜めてやり過ごしたほんの僅かな時間は、随分長く感じた。
新聞報道部に陳腐な記事ですっぱ抜かれた後も、役職の引き継ぎ上、凌と顔を合わせる場面は何度もあった。
周囲の視線を気にしながら、お互い極力目を合わさず事務的に終始した。
今、遠目でも凌の姿を見て、早く行ってくれと想いながらも、どこか安心して…複雑だった。
気丈な凌。
見た目は繊細で頼りなさそうに見えるが、芯はしっかりしていて、日和佐をフォローしながら次の風紀委員長を務められるだけの素質が十分に在る。
学園で騒がれている今も、凌は職務を全うし、醜聞に惑わされたりしない。
それどころか、ツレの友人達と和やかな様子で歩いている。
少し線が細くなった様な気はするが、それは仕方がない、学園は「そういう所」だし、凌は元気そうだった。
俺の存在などなくても関係ない、凌は凌で変わらない。
わかっていたその事実と、手前勝手に別れを突き付けておきながら、浅ましい想いを巡らせる自分に打ちのめされた。
俺が悪い。
わかっている。
最悪な話の切り出し方だった。
自分の事に手一杯で、凌の事も、「凌の仲間」の事も想いやれなかった、子供だった。
春休み中に母親に言われた…
『そろそろ朝広さんも宮成の後継者らしく、「悪い遊び」は控えて頂きませんとね。次の長期休暇からお父様に付いて学ばせて頂くのですから、十八学園の悪習は振り払っておきなさい』
…何もかも見透かした、冷たい揶揄混じりの微笑。
大方、独自の情報網で、俺の行動は筒抜けなのだろう。
見透かされている事にも、遂に自由を絶たれる事にも…所詮俺は親の手の平の上でバカみたいに空回っているだけで、絶対に逃げられないのだと、だからと言って宮成を離れて凌の手を取り幸福になる自信も無い。
俺には何かを選び、責任を負う度胸も勇気も無い。
情けなくて自暴自棄になった。
だからと言って、個人の事情で人を傷付けて良い理由にはならない。
今更わかっても、もう遅い。
俺が最低な人間だった事は、覆せない。
ただ、様々な視線を受ける1週間の内、冷静に全てを省みる事が出来た。
凌にはちゃんと、エゴでも何でも、俺の気持ちを正直に告げれば良かったが、もう手遅れだ。
後は黙って静かに卒業するしかない。
俺が為すべき事は、自分の非を認めて受け入れる事、生徒会の引き継ぎを滞りなく済ませる事、新聞報道部のスクープで荒れている俺の親衛隊を抑える事、学業と将来の勉強に専念する事。
そして、同じ過ちを繰り返さない事。
最善を尽くして真面目に学校生活を送る事が、凌への礼儀だとも想えた。
「下らない男と付き合っていた未来の風紀委員長」の印象が、少しでも緩和する様に、凌が今以上に後悔しない様に。
凌の元気そうな姿を見て、尚更、その想いが強まった。
個人的に言葉を交わすなど、もう許されない。
これから先もお互い、敷地内で遭遇しない様に気を付けるだろう。
お前がちゃんと自分の役割を果たすなら、俺もちゃんと生きる。
俺がどうしようもないながら選んでしまったものを、大切にしたいと想う。
『選んだものに価値を見出すか、見出さないか…そんなの、自分次第に決まってる』
悔しいかな、前向きな思考の裏には、柾がいつも存在するけど。
そんな風に見送った後、前陽大に目撃されているのを知った。
交流のない俺でも知っている、学園内に知らない者は居ない、噂の渦中の人物。
見られていたのがコイツじゃなかったら、動転して、殴るなり暴言浴びせるなり無視するなり、酷い対応をしていたかも知れない。
振り返って視線が合って、すぐに、冷静になった。
何でか、前陽大が泣いていたからだ。
凌とも交流があるらしいと、短い日数の内に聞いた覚えがある。
どんな話を3大勢力から吹き込まれているか知れないが、恐らく凌の事で泣いているのだろう。
目立たない外見ながら、小動物系とか言うヤツか、親衛隊のきゃーきゃー系よりも余程つぶらな瞳が印象深く、綺麗だと想った。
その瞳には、純粋な哀しみしか浮かんでいなくて、初めて接する俺に対し、何の濁りも淀みも憐れみもない表情に、不覚にも安心させられた。
コイツだってあの号外は目にしただろう、耳から入って来る噂もあっただろう、1年A組には俺の親衛隊も居ない。
3大勢力と親交を深めているのであれば、奴等から凌の事だけじゃない、何か聞いていてもおかしくない。
でも、コイツは至って礼儀正しかった。
儀礼的じゃない、コイツにそんな演技は出来ないだろうと想う。
「お母さん」だとか騒がれているのを聞いた時は、余りの意味不明さに訳がわからなかったが言い得て妙、なるほど何か初見から気が抜ける。
学園内の、どの生徒にもない雰囲気だ。
かと言って、下界にありふれている存在でもない、コイツ自身が希少な存在なのだろう。
おっとりしていて情に脆く、その実しっかりと主張すべき所は主張する気の強さだったり。
心を開いていそうに見え、言葉遣いはくだけないまま、親交が深まれば変化するのだろうかという面白味があったり、そう、一言で現せば面白い奴だ。
わかりやすそうで、そうでもない。
コロコロと変わる表情を見ながら、久し振りにちょっと気が休まった。
柾が気に入りそうな奴だと、単純に想った。
珍しい存在だから、生徒の大半が気に入るだろうけど、柾は特に面白がって可愛がりそうだと。
クセの強い此所では、コイツが気に入られる反面、一部から誹謗中傷される未来も想定出来る。
俺の予想が当たり、柾が特に目をかける様になれば、学園は複雑に荒れてしまうだろう。
だからつい、らしくもない忠告までした。
柾を始め3大勢力や目立つ連中に絡まれるなら、柾を隠れミノにすれば良い。
アイツは空気を読む事に長けているから、俺の考えなど及ばない所で既に対策を高じているだろうが。
小動物の様な前陽大は曖昧に頷きながら、別れ際に、手製だと言う和菓子を差し出して来た。
此所で他人からの貰い物はリスクが高い、けど、コイツに限って何の害もないだろうと、人を信じたくなって受け取った。
甘い物なんて食わないのに、食べてみたいと想ったのは、誰より慎重で食に関して口うるさい、柾が認めた料理の腕を知りたい気持ちもあった。
どうしたってアイツが出て来る。
後1年の辛抱だが、俺は恐らくずっと、柾の影を追い続けるのかも知れない。
それも悪くない、いつか越えたら良い壁だ。
貰ったタッパーウェアをスポーツバッグに入れながら、ため息を吐いた。
何か、温まる物を食べたい。
久し振りに訪れた食欲に安堵した時、いきなり横の木立から姿を見せた人物に、自然と顔が歪んだ。
「一舎…」
「あれー?奇遇ですネー!こんにちは、宮成センパイ」
2011-01-27 23:33筆[ 240/761 ][*prev] [next#]
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