76.あたらしい花を咲かせる筈


 苦笑が固定している、先輩の横顔。
 きっと、この1週間、苦笑いを浮かべてやり過ごすしかなかった…?
 因果応報、だなんて。
 確かに、自分が為したことは良いも悪いも、すべて返って来るものだけれど。 
 渡久山先輩とのやりとりに遭遇した時、渡久山先輩からお話をお窺いした時、宮成先輩は飄々として余裕がある御方だと、勝手に感じていた。 
 そんな、重いお言葉を自らに課し、ひっそりと苦しまれているだなんて…

 「遊び」だって。
 この学校では、恋愛が、遊びになるんだって。
 宮成先輩も、渡久山先輩のことは在学中の遊びで、やがて皆、卒業と同時にそれぞれの世界へ帰って行くのだと聞いた。
 それがまかり通ってしまっているのだと。
 この守られている世界、山を下りれば、世界は厳しく冷たい。
 同性愛は公然と認められてはいない、この学校に通う生徒さんたちは皆さま、大変なお家の御方ばかりだ。
 哀しいことに、まだ大人になっていないけれど、既に大人にならなくてはいけなくて、だからこそ束の間の甘い夢を見るのだろうか。

 俺には、わからない。
 人を恋愛感情で好きになったことがない、俺にはわからない。
 だけど、僅か15年でも生きれば、子供がどうしたって覆せない現実があること、大人になったって何もかも上手く想い通りに行かないことはわかる。
 自分の感情もままならないのに、他人の感情をどうこうできるわけがないのも、実体験として知っている。
 わかるから、渡久山先輩が泣いていた、そのことに哀しみを感じた。
 世界には、誰にもどうしようもない、切なさが存在する。
 
 宮成先輩がどんな風に渡久山先輩のことを想い、お話を切り出し、どんな日々を過ごしていたかなんて、想像できなかったのは当然かも知れない。
 俺は先輩方とお友だちではない、十八学園にずっと在籍もしていない。
 何も知らない、何もわからない。
 終わりが見えている恋…遊びならば、最初から始めなければいいと、そういう簡単なことではないと、ただ想う。
 あの時の宮成先輩のお声は、どこか酷薄にも聞こえた…と記憶しているということは、後で渡久山先輩の側に立ったから、そういう風に塗り替えられた、曖昧な記憶なのだろう。
 記憶はいつだって、個人の都合のいいように変わって行く。

 「……宮成先ぱ、」
 「けど、ちょっとお前には助かってんだわ、俺」
 まるで、俺が言いかけた言葉をわかっているように、不自然な程強く遮られた。
 助かってる?
 「俺は、先輩とお会いするのは今日が初めて、ですよ…?」
 宮成先輩は相変わらず苦笑したまま、ふっと目を細められた。
 「お前、既に号外トップを2回も飾っただろう?」
 う…!!
 「ご存知だったのですね…」
 「まー、初日の食堂の件もすぐ耳に入って来たしな。『武士道』のツレってだけでもすげー話題性だ、なのに3大勢力とA組問題児も手中に収めたってなったら、そりゃー誰だって注目すんだろ」
 
 うう…いたたまれない気持ちでいっぱいです。
 「手中に収めたなんてことは滅相も御座いませんが…3年生の先輩にも知られているとは…」
 とほほな気分で呟けば、苦笑が真顔に変わった。
 「それだけ新聞報道部の影響力があるって事だ。掲示板も号外も嫌が応にも全生徒が目にする…直接見なくても奴等の記事はゴシップばかりだ、学園中が記事の噂で席巻されるから耳に入って来ざるを得ない。お前の記事が2回も出たという事はつまり、お前を知らない奴は居ないって事だ。俺はそのお陰で噂の中心から多少外れる事が出来たが…気を付けろ。学園中が今、お前の行動全てに注目してる」
 なんですと!?
 目を丸くするしかない俺に、宮成先輩の苦笑がまた戻って来た。

 「とは言っても、2回目のは柾の策略だったな。厄介事に巻き込まれてるみたいじゃないか、前陽大。まー、頑張れよ」
 ぽんぽんっと軽く肩を叩かれて、「はいー…」と応えつつ、なんだか不穏な気配がした宮成先輩と柾先輩の関係を想い出した。
 先輩の瞳に険しさや緊張がない、ということは仲直り?なさったからなのか、元々何の問題もなかったのか、複雑そうな気配にしがない1後輩としては何も言えるわけがない。
 「弁当シフト?だっけか。よくわかんねーし、3大勢力は厄介極まりないが頑張れ。
 ……柾に付いて行けば間違いない」
 意外なお言葉に、つい口を挟んでしまった。

 「いろんな御方から、柾先輩にはあまり近づかないようにと言われておりますが…今ひとつ掴めない不可思議な御方だから、あんまり深く接っしないようにと…会長さまと一般生徒の俺が近づきようもありませんけれども、宮成先輩はご意見が違うのですね」
 一瞬口を噤まれて、浮かんだ苦笑はとても淡かった。
 「俺だから、言える事だろうな。
 お前の周りのソレは、嫉妬だろ。柾は嫌味な程万能だからな、親交持っていようがいまいが、性根腐ってても男だったら多少の嫉妬はするだろ。アイツに近付けたらお前が奪られるっつー、危機感なんじゃねーか。
 俺からしたら別意見だ。これから、そんなつもりなくてもお前は目立つ舞台へ上げられて行く。外部生で右も左もわからないお前を庇護出来るのは、武士道でも風紀でも生徒会でもない、柾だけだ。此所で自分の身を守りたければ、柾と付かず離れずの距離を上手く保つ事だ」 

 じゃあなと、タオル返さなくて良いからと、言うだけ言って宮成先輩がおもむろに立ち上がった。


 「……凌の事、言えた義理じゃないが、頼む……」


 背を向ける先輩から、ちいさな掠れた呟きが確かに聞こえて、想わず先輩のシャツを掴んでしまった。

 「あの…!!俺は、その…お弁当シフトを立ち上げて頂く程、料理が好きで!!将来は料理関係の仕事に就きたいと想っております!」
 「…は?」
 「独学で精進中の身上ではありますが!是非、宮成先輩にも…これっ!」
 数個だけ入りきらず、やむなくちいさなタッパーに入れた、桜餅。
 「今朝つくりたての桜餅です!甘さ控え目、数日前から煮込んだ自家製小豆入り!!よかったら召し上がって頂けませんか?!先輩の大切なお時間をお邪魔してしまったお詫びと、タオルをお借りしたお礼に…あ、甘いものがお嫌いだったり、和菓子や手作りものが苦手だったら、別のものを用意しますので!」
 ずずいっと勢いで差し出しつつ、あわわと引いたら、タッパーに先輩の手が触れた。

 「はは…サンキュ。あの3大勢力が認めた腕の持ち主からだ、断れねーし?ジムで疲れてるし、有り難く貰っとく」
 苦笑は変わらない、眼差しだけ気の所為か、やわらかくなったように見えて、ちょっとほっとした。
 「いえ、こちらこそありがとうございます。初対面ですのにお見苦しい所ばかりお見せして、ほんとうに申し訳ありませんでした。貴重なお話ありがとうございました」
 「どういたしまして。お前も早く行けよ。こんな所、誰も来ないだけに1人でウロウロするには物騒だ」
 先輩がそう言い終わらない内に、遠くから仁と一成の俺を呼ぶ声が聞こえて来た。
 
 「察しが良いな、お迎えが来た」
 「はいー、武士道は揃いも揃って心配性で…」
 「武士道も良い盾だろーが、俺が言った事、頭に入れておけよ。此所では柾の側が1番安全だ」
 「はい…」
 柾先輩が1番安全?
 1番〜…???
 今の段階ではあまりよくわからなくて、素直には頷けず曖昧にお返事してしまった。 
 ともあれ、生徒会長さまだった御方のお言葉だ、心に留めておこう。
 宮成先輩が去って行かれ、その後ろ姿が遠くなった頃、仁と一成がやって来た。



 2011-01-26 23:59筆


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