75.人を愛した軌跡は、また、


 「お”初にお"目に掛かります、宮成せんぱい…うぅ、何故か名前を知られていて恐悦至極、前陽大と申します、ぐず…お"見苦しい姿をお"見せして心苦しい限り、大変無礼で申し訳ありませんが、後日改めて御挨拶させて頂きたく存じます。今日は見逃して下さい、す"みません"…ううう…」
 ぺこりと一礼して立ち去ろうとしたら、宮成先輩はなんだかとっても困った顔になり、スポーツバッグの中を探り始めた。
 「ほら…これ使え」
 差し出されたものを見て、一層泣けてくるのを、どうにか堪えた。

 まっ白なハンドタオルは、「あの時」を彷彿させた。
 渡久山先輩に貸して頂いた、ハンカチと同じだ。 

 恐縮しながらお借りして目尻を押さえたら、ふんわりと清潔な香りがして、それも渡久山先輩のハンカチと同じで、ひくっと喉が鳴った。
 きっと、殆どの生徒さんが利用されておられるらしい、寮のクリーニングサービスだから同じなだけ。
 それだけのことだ。
 自嘲するように苦笑を浮かべられた宮成先輩が、すぐ近くのベンチへ座るように勧めてくださった。
 何から何まで、「あの時」と酷似している状況に、俺はたじろいだ。

 桜が、舞っていて。
 他に人の気配はなくて、静かな空間。
 大切な人を、哀しく見つめる先輩。
 それを目撃してしまった俺に、親切に接っしてくださる先輩。
 痛みを訴え続ける胸。

 なかなか動こうとしない俺に、宮成先輩は苦笑したまま、スペースを空けてベンチに腰かけた。
 「こんな所、誰も来ねーし…心配すんな。お前に八つ当たりとかしねーし」
 先輩に、気を遣わせてしまった。
 今この瞬間、いちばんお辛そうな、2つも年上の先輩に。
 「す"みません"…では、お言葉に甘えてお"邪魔します」
 ああ、きっと、鼻の頭が赤くなってるだろうな。
 なんとか堪えて呑みこんだ涙の味で、喉がいっぱいになっている。
 ホームへ戻る前に、なんとか治めなくっちゃ。
 そんなことを想いながら、隣へ、そうっと座った。

 宮成先輩は、しばらく、なんにも喋らなかった。
 先輩が黙っているから、俺も何も言えなくて、なるべく静かに洟をすすり、たまに零れ落ちそうになる涙をお借りしたタオルで押さえた。
 とても、静かだ。
 風が吹く。
 山の上の風は、まだまだ冷たい。
 すこし距離感のある隣の先輩から、今お風呂に入って来たばかりといわんぐらい、爽やかな石鹸の香りが漂ってくる。
 先輩は、こんな所でこんな薄着で、スポーツバッグを片手にどうなさったのだろう?
 改めて初期の疑問が浮かんだ。

 その時、ずっと苦笑のままのお顔だった先輩が、ちらっと俺を見て、また正面を向いてから口を開かれた。
 「……お前、そんな荷物抱えてこんな所で何してんだ?」
 「あ、はい……あのう、武士道の皆と、」
 どこまで説明していいものやら、3大勢力さまの複雑なご関係、前生徒会長さまという肩書きの宮成先輩のこと、明らかに秘密めいた場所にあったホーム+やんちゃでワンパク坊主な皆の顔、いろんなことが浮かんで歯切れ悪くお答えしたら、途中で「あー…」と遮られた。
 「武士道のテリトリーがこの先に在ったな…其処へ行く途中か。奴等の事だから、迎えに来そうなものだが…お前、もしかして迷子か?」

 武士道のテリトリー!
 そうか、あの辺りはあの子たちのテリトリーで学校の皆さんに知られているんだ。
 納得したのと同時に、聞き捨てならない単語に憤慨した。
 「迷子…?!とんでもないです!俺が迷子になるだなんて有り得ません!俺はただ、忘れ物を取りに寮へ引き返して戻る途中なんです。外部生といえども、入学9日目にして敷地内の探検や下見、下調べはバッチリですから!こう見えても方向感覚には自信があります!宮成先輩こそ迷子さんなのでは…?」

 言い終えて、満足して、直後に大後悔した。
 つ、つい…!!
 子供扱いされてしまって、ついムキになってしまった…!!
 だってだって、俺は中学時代から「お母さん」と呼ばれる程、「しっかりした前陽大君」と認知されてきて、ちょっとしたプライドがあるんです。
 見知らぬ街のスーパーだって、初参加のタイムセールだって、臆せず練り歩ける強者(つわもの)の俺、迷子さん呼ばわりは頂けないんです。
 しかしながら、初対面の先輩に対して、何たる無礼…親切に接っしてくださる、話し易そうな雰囲気の先輩に、うっかりすっかり甘えてしまっている。

 慌てて、「あの…ムキになって反論して、誠に申し訳ありません…子供なんですけれども、子供扱いされるとつい…すみません」と頭を垂れたら、ぽかんとしていらっしゃった宮成先輩は、ぷっと吹き出された。
 「はは…ウワサ通り、面白いヤツなんだな、前陽大」
 苦笑の形は変わらない。
 けれども、笑ってくださった。
 硬い空気が、すこしだけやわらかくなって、自然と肩の強張りが解けた。
 宮成先輩もやっぱり、生徒会長さまを務められただけのオーラと、この学園の生徒さんの証といわんばかりの整ったお顔立ちだけれど、なんだか、先輩先輩してなくて話し易い雰囲気だ。
 どこかの誰かさまみたいに、壮絶な美貌でありながらバカ笑いしないだけ、断然親しみ易いです。
 ちょうどいいタイミングで笑いを切り上げられ、宮成先輩は息を吐いた。

 「敷地内の地図が頭に入ってるなら、知ってるだろ。こっち、ショッピングモールの方角にジム施設が在る。寮にも在るけど、こっちは元々運動部専用。けど実質、運動部棟から離れてるだけに生徒会専用みてーになってる。うるさいギャラリーは居ねーし、利用するヤツは限られてる…俺も滅多に行かねーけど、今日は気が向いて一汗流して来た。ついでに散歩でもするかと想って、人気(ひとけ)のない此所らをぶらついてただけだ。
 わかるか?今は誰にも会いたくねー。1人でぼーっとしてたい…俺にとってキツい1週間だったから。
 けど、そう想って人を避けまくった方角に、居るんだからなぁ…どこまで因果応報なんだか…」

 やるせないため息は、桜色の中に溶けこんで、消えてしまった。



 2011-01-25 23:14筆


[ 238/761 ]

[*prev] [next#]
[目次]
[しおりを挟む]

- 戻る -
- 表紙へ戻る -




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -