73
乾杯した後、すぐ皆一斉にゴネ始めた。
「「「「「お母さぁん…お腹空いたぁ〜!」」」」」
やれやれ…手のかかる子たちばかり!
でも今日ばっかりは仕方がない。
皆、皆、この数日は徹夜で頑張ったみたいだから、お昼にはちょっと早いけれど、ごはんにしましょうかねぇ。
そう告げるなり、皆の瞳がキラキラキラキラ輝いた。
ケーキは取り敢えず大きな業務用冷蔵庫に入れ、探検も後回し。
本日のメインイベントは、この春最後のお花見でもありますからね。
昔々は、理事長棟だったという立派なこの洋館、周辺には桜の木が何本も植わっていて、日があまり差さない立地だからか、未だに満開状態。
リビングのガラス戸を左右に大きく開けば、ちょっとしたテラスになっていて、そこからもお花見が楽しめるようになっていた。
日があまり差さないと言われたものの、どうしてどうして、洋館周辺は視界が開けている。
首を傾げていたら、なるべく明るい空間になるように、学園の園芸部さんや造園業者さんに相談しながら、木の枝や葉などを随分刈りこんだらしい。
あくまで自力で改装したのだと、「だってお母さんに早く会いたかったんだもん!」と誇らしく胸を張る子たちに、目頭が熱くなった。
皆、天晴!!
さすが、武士道!!
たっぷり誉めてから、食事の準備をスタート。
大きなビニールシートを何枚もテラスに敷いて、どこからともなくクッションや座布団が運ばれて来た。
仁と一成が運んでくれたお弁当と、皆が用意した取り皿や飲みものをその真ん中に並べた。
「あったか〜い豚汁もありますよー」
「「「「「わぁ!お母さんの豚汁!」」」」」
「「「「「やったぁ!」」」」」
リビングの片隅に据えられたキッチンに向かい、棚を開けたら、ちょうどいい大きさのお鍋が見つかった。
きれいに磨いてあるということは、ウチの子たちが抜かりなく用意してくれたということ。
もう…ほんとうによく気が利く子たちなんだから!
わくわくと周りに群がる皆の前で、お湯をわかし、タッパーに入れて持って来た、あらかじめ煮ておいた具材を投入。
温まったところで、味噌を……
味噌を……って、あれ?
「あれ?あれ??あれ〜???」
「「「「「???お母さん?どうしたの?」」」」」
ダシ入り味噌のタッパー、用意してたのに!!
「…お味噌、忘れて来ちゃった…?」
「「「「「ズコーっ!」」」」」
ノリよくズッコケてくれた皆に気づいて、ビニールシートのセッティングに勤しんでいた仁と一成がやって来た。
「どうした、はると」
「ナニ遊んでんの、お前ら〜はるるの邪魔すんじゃねーよ〜?」
「「「「「そーちょー、副長!お母さん、味噌忘れたって!」」」」」
「「味噌〜?」」
わー、申し訳ない!!
「ごめんね…やっちゃった…」
「はるとが謝る事ねーよ。気にすんな」
「味噌か〜…食材関連はね、はるるに聞いてからにしようっつって〜全然買い置きないんだよね〜」
豚汁の具材入り・ホカホカの白湯…なんて、冗談にならない。
「俺、ちょっと戻って取って来る!」
「おー、はると、俺らも付き添う」
「行こ〜」
「1人で大丈夫だよ〜方向だけ教えてくれたら、ダッシュで行って来るから!仁と一成は鍋を見ながら、皆と一緒に軽く始めてて!」
「「「「「お母さん…」」」」」
何故だか心配そうな皆に、大丈夫だって!と言い張った。
「ほら、こうして立ち止まってる間に行ったほうが早いから!皆、お疲れさまでしょ?すぐ行って戻って来るから」
何かあったら、即・携帯1ギリ!という約束を、仁と一成から厳しく言い聞かされて、あらかじめ用意してあったらしい、寮とホームを結ぶ地図を貰ってダッシュした。
こんなまっ昼間、寮とホームの敷地内往復だけのことなのに、ウチの子たちときたらほんとうに心配性だ。
俺ってそんなに頼りなく見えるのかねぇ。
自慢じゃないけれど、数多のタイムセールで鍛えられた脚力と、方向感覚には自信があります!
的確な地図に従って、行きは順調にたどり着いた。
ダッシュで片道10分か…この距離感、嬉しいなあ。
部屋に入ってテーブルの上を見たら、案の定、紙袋がぽつんと残されていた。
お味噌のタッパーと、なんとびっくり、桜餅の入った折詰入りだ。
危ない危ない…桜餅まで置いてけぼりだったなんて。
しっかりと紙袋を手にし、改めて室内をキョロキョロ見渡して、もう忘れ物はないかなぁとチェック。
他に忘れ物はなかったけど、ついでにあの立地は冷えるみたいだから、カイロとブランケットと…
あ、TVあったからきっと観れるかな、皆も好きな「クレ●ンし●ちゃん」の戦国DVDも持って行こう…となると絶対感涙するからタオルも…えーい、ついでだ!中途半端に残ってた野菜のピクルスも持って行っちゃえ!と、どんどん荷物は増えて行った。
うーん、荷物がある分、帰りはちょっと遅くなりそうだ。
ともあれ、やり切った感があって大満足です!
急いで帰らないと、お腹を空かせたあの子たち、ひもじい想いの余り、ケンカしてしまうかも知れない。
寮を出てから、荷物を抱えてダッシュ!
皆、いい子で待っててねー!!
道半ばまで来ただろうか、ひたすら走っていた俺は、遥か前方に見知ったお顔を発見し、スピードを緩めた。
今日は眼鏡をかけておられない、渡久山先輩とお友だちさんらしき数人の方々。
皆さま、とても大人っぽくて、落ち着いた雰囲気の御方ばかりだ。
静かに会話を楽しみながら、お散歩なさっておられるようで、お声をかけていいものかどうか判断に迷った。
迷ったから、わかったのだろうか。
ふと、見つけた。
木々の陰で所在なく立ち止まっておられる、獅子のたてがみのような勇ましい髪型には、覚えがあった。
宮成先輩だ。
2011-01-21 22:36筆[ 236/761 ][*prev] [next#]
[目次]
[しおりを挟む]
- 戻る -
- 表紙へ戻る -