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視界が塞がれた状態で歩くと、いろんな感覚がおかしくなる。
手を繋いでもらっていなかったら、とてもじゃないけれど不安で歩けない。
こんな時にだけれど、自分が五体満足に生まれたこと、その健康のお陰で日常を支障なく過ごせいることに、深い感慨を覚えた。
なにげなく存在する日々ほど、尊いものはない。
こうしてしみじみできるのも、仁と一成が左右にいて時々話しかけてくれるから、今からどこへ行くかちゃんとわかっているからだ。
「おっと、はると、こっから段差なー」
「ゆっくり交互に足動かして〜そーそ〜ゆっくりで良いからね〜」
言われるままに頷いて、段差?を上がった。
「こっからちょっとガタガタしてっから、しっかり足上げてな」
「ゆっくり、ゆっくりね〜あっは、かわい〜はるる〜」
段差をクリアしたと想ったら、平な地面?ながら、ガタガタしていて歩き難いところへ来たようだ。
恐る恐る歩を進める度、ぎしっと木が軋む音がした。
視界が開かれていない分、耳が過敏になっていた。
2人の声が、とてもよく聞こえる。
どちらの声も、明るい口調に関わらず、俺を気遣ってくれている気配。
いつもこんな風に話してくれているんだ…
知っていたつもりでいたけれど、優しくて親身な声色を改めて知って、じーんとなった。
何もかも、いつも当たり前に存在している、なんて想い上がってはいけない。
人間の慣れる習性って、恐ろしいものだ。
やがて、2人が立ち止まった。
手を引かれている俺の足も、自然に止まった。
辺りは静まり返っている。
「着いたぜ、はると」
「もーいーよ〜、オープンザアイズ〜!」
一成の手が離れたと想ったら、隣から背後へ移動したようで、アイマスクが外された。
その途端に、わああっという歓声の嵐…!!
「「「「「お母さん…!!十八学園の『ホーム』へようこそ!!」」」」」
ただただ、目を丸くするしかなかった。
次いで、たくさんのクラッカーと口笛、拍手の音が鳴り響いた。
開かれた視界いっぱいに映る、武士道の皆の笑顔、笑顔、笑顔…
頓田くん、椿堂くん、苅田くん、吉河くんが最前列で、「ドッキリ大成功!」と笑っているのがわかった。
広い広い部屋にいるのは、見知った顔ばかりの武士道メンバー。
武士道のほとんどが、十八学園の生徒さんだったなんて!
皆やっぱりお揃いのTシャツとつなぎを着て、あちこちにペンキを飛ばしていて、中には顔にまで付けている子もいた。
数日かけてやんちゃした後みたいに、疲れが溜まっているのは隠せていないけれど、どの顔もとっても満足そう、にこにこ笑顔が絶えない。
両隣に立つ仁と一成も、心の底から満足そうだ。
目だけを動かして室内を見渡せば、それは本家本元の「ホーム」と限りなく近くて、でもこちらの個性が活かされた造りになっていた。
黒がメインカラーの内装はわざと粗い造りで、アンティークの家具や雑貨が配置されている。
工事現場の足場板で組まれた床。
一部分だけ、真紅で塗られた壁。
部屋の片隅にはちゃんと、古びたレコード用オーディオ、ビリヤード台、ダーツが置かれてある。
ブラインドが引かれた窓辺には、「ホーム」で俺の特等席だったソファーと同じソファーが、でーんと置かれてあった。
ここまで皆で再現するのに、どれだけの時間がかかったのか…
元のお部屋がどんな状態だったのかわからないけれど、皆の様子からして、業者さんを頼ることなく、皆の力で改装したようだ。
ふと、中央に置かれたテーブルに目をやると。
そこには、「ホーム」完成を祝うためだろう、飲みものやお菓子、取り分け用の食器なんかがたっくさん並べられてあって。
どどーん!と大きな大きなケーキ…ケーキは、よくよく見るとずいぶん荒っぽいデコレーションで、生クリームも飾りのフルーツもしっちゃかめっちゃかで、明らかに、皆の手作りで。
チョコレートペンで、殴り書きのような雄々しい文字が描かれてあった、それを遠目にも解読できた瞬間、俺は俯いた。
『はるとお母さん、大好き!これからもよろしくね(^∀^)武士道より愛をこめて』
ここへたどり着いたきり、ひとことも発せず、急に俯いた俺に、わーわー盛り上がっていた皆がぴたっと止まった。
「「「「「お母さん…?」」」」」
「はると…?どうしたー?」
「はるる〜…?ナニナニ、何かヤだった…?」
一成の言葉に、ざわっと室内が揺れた。
「「「「「お母さん…!十八の『ホーム』、ヤ…?」」」」」
不安そうな皆の声に、笑ってそうじゃないって言いたかったけれど、無理だった。
堪えきれなかった。
お楽しみがたくさんの日々、でも、新しい不安の数々にどこか怯んでいた、そういうひっそり隠していた気持ちまで、全部、表に溶け出してしまった。
ぶんぶんと首を振りながらも、ぽたっ、ぽたっと、完成したばかりの匂いに包まれている床に、零れ落ちる水滴。
皆が、息を呑んだ気配。
「……ごめ…ちがくて……俺、すっごくすっごく嬉し…んだよ?でも、あれ……んか、止まんなくて…」
鼻を啜りながら、恥ずかしくて、顔が赤くなるのがわかった。
武士道の皆の前だからって、気が緩みすぎてる。
だけど、今日はもう仕方ない、かな。
「皆、ありがとう…!改装して、これだけ用意して、ほんとうに大変だったでしょう…?武士道の大事な『ホーム』に招待してもらえて、皆に会えてほんとうに嬉しい…ありがとうね。俺も皆のこと、大好きだから!」
情けない顔ながら、照れ笑いも含めて笑った。
「「「「「お"があ"ざん"……!!!!!会"い"だがっ"だ…!!!!!」」」」」
わあっと近寄って来た皆に、俺の涙腺は決壊しまくったのでありました。
「うん…俺もだよー…皆、みーんな、十八学園だったんだね…すっごく嬉しい…」
湿っぽいやら嬉しい笑いがこみ上げるやら、わやくちゃ再会の中、仁と一成と幹部組はにこにこ、「いい兄貴」然とした貫禄で、笑顔を絶やさなかった。
2011-01-16 23:01筆[ 234/761 ][*prev] [next#]
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