67.世の中はきれいなことだけじゃない


 HRが終わった後、授業が始まり、先生方が入れ替わり立ち替わりする度、温かい眼差しないしは「頑張りなさいね…」とのお言葉を頂いた。
 授業の合間の休み時間には、クラスの皆さんや、3大勢力さまと関係がある他のクラスの方や、先輩方に話しかけられ、「応援してるから!」と励まされてしまった。
 武士道の皆からは、ひとことメールがたくさん届いたし(話は外の「ホーム」にも及んでいるようで、ヒロさんからも心配メールが来てしまった)、ひーちゃんからは「掲示板見てくれた?!俺の考えた文章わかった?!」というよくわからないメールが鬼のように届いた。
 そんなかんじで、4限が終わる頃には、ちょっとばかりくたびれていた俺でした。

 まだ馴染んでいない新しい環境、人生15年目にして学校中から注目を浴び、かつてなく華やかな方々との接触がもたらす疲れは、けれど、なんだか新鮮だった。

 合原さんとやっとお話できたのは、4限が終わって、昼休みが始まってからだった。
 音成さんと美山さんが側へやって来られ、今日はどうする?とお声をかけてくださったので、「お弁当シフトは来週からなので、今日は教室で頂こうと想います」と返事をしていたら。
 そろそろと、合原さんとお友だちさんが近寄って来られた。
 「前陽大……昨日は、お疲れ」
 「「は…?昨日?!」」
 ぼそぼそと呟かれた合原さんに、音成さんと美山さんが大きく反応なさっている。

 「いえいえ、どういたしまして。合原さんはあのまま帰られたのですか?」 
 「うん…その…」
 どこか歯切れの悪い合原さんの両腕を、心配そうにお友だちさんたちが支えていらっしゃる。
 昨日の放課後と同じ光景に、仲がよろしいんだなあと想った。
 「『昨日はお疲れ』ってどういう事?合原、親衛隊は前を黙認するっつってなかったっけー?」
 「お前ら…まさか、コイツを親衛隊のアジトに連れてったのか…?」
 音成さんと美山さんが、急に不穏な気配をかもし出し、御3方に詰め寄り始めた。
 いつも爽やかにこにこな音成さんと、いつも寝ていらっしゃる美山さんの変貌っぷりに、教室内がざわっとなり、合原さんたちもびくっと俯いてしまった。

 「音成さん、美山さん。待ってください。合原さん、朝からずっと何か話したいことがあるみたいで、こちらを気にかけてくださっていましたから…お話させてください」
 「けど、」
 「いや、」
 「音成さん。美山さん。心配してくださってありがとうございます。大丈夫ですから」
 「「………」」
 何かを言いかけたお2人を遮ってしまったけれど、お2人はそのまま黙って口をつぐみ、引いてくださった。 
 「すみません、合原さん。お話の続きをどうぞ」
 そうっと声をかけると、強張った表情で床を見つめていた合原さんは、ちいさくため息を吐きいて顔を上げた。

 「……君のその様子だと、あの後、何事もなかったみたいだね…」
 なにごともなかった。
 とみた先輩と、おりべ先輩の、変装を解かれた後のお顔が浮かんだ。
 なにごともなかったわけではない、他言無用の秘密を知り、更にもっと深く知ることになるかも知れない。
 不自然に見えていませんようにと、願いながら、軽く首を傾げてみせた。
 合原さんを前にして、こんなふうに装わなくてはならない事態に、俺の手の平はじっとり汗ばんでいた。
 「ええと…?はい、なにごともありませんでしたよ〜とみた先輩とおりべ先輩とご一緒に、お茶を頂きました」
 合原さんは、俺の顔をじいいっと見つめた後。


 「……よかった……」   


 心の底から、ほっとした表情になって、ちいさく微笑った。
 その笑顔はちいさなものすぎて、すぐに消えたし、どなたさまも気づかなかったかも知れない。
 胸の辺りが、ずきりと、痛んだ。
 「その…置いて行ってごめん……初期段階の呼び出しだったから、大丈夫だろうとは想ったんだけど…親衛隊は完全に縦社会で、あの場に勢揃いしておられた先輩方には、僕は下っ端だから逆らえない…僕では庇いきれなかった。言い訳にしかならないけど、ごめん。怖かったでしょう…?」
 真摯なお顔で謝る合原さん、合わせるように傍らのお友だちさんたちも頭を下げておられて、胸の痛みはどんどん大きくなった。

 謝って頂くことは何もない。
 合原さんは、なんにも悪くない。
 俺は、合原さんが知りたいであろうことまで、知ってしまっただけなのに。

 「そんなに謝らないでください…びっくりしましたけれど、入学早々悪目立ちしてしまった俺に非がありますし、とみた先輩もおりべ先輩も優しく接してくださいましたから……すみません、合原さんにそんなにご心配おかけしていると知らず、俺はずっとのんきに過ごしていて…却って申し訳ないです」
 「ううん…君のそのキャラクターなら、ひょっとしたら親衛隊でも上手く立ち回れるんじゃないかって、勝手に想ってたし、ちょっと…嫉妬してたから。柾様と親しくなっていくのが羨ましかった、もしかしたら気があるんじゃないかって疑ったりもしてた。ごめん」

 胸が、痛い。

 「『弁当シフト』の件を受けて、親衛隊は君に対して良い印象を持っている。僕達は同じクラスとして協力する様に言われた。3大勢力様全体がお認めになっている事だし、まあ、実際にちょっと美味しかったし?君の中学時代からの習慣だとか、夢だとか…そういう事なんだったら協力するし?ちょびっとだけどね!僕達忙しいし?」
 段々とツンツンなさり始めた合原さんはお可愛らしくて。
 胸の痛みは、消えないままで。
 「ありがとうございます。皆さんにご迷惑おかけしないように頑張ります。よろしくお願い致します」
 精一杯、笑った。

 合原さんもちょっぴり口角を緩めながら、はっと我に返られた。
 「つか!!あの化粧オバケ共が優しいとか、僕の前で無理しなくて良いし?学園の生徒なら皆知ってる、あの極悪化粧オバケ達の本性…前陽大だって見たでしょ?!あのへったくそな厚化粧っぷり!!外では御2人の取り扱いに気をつけたら良いけど、クラスでまで無理に追従しなくて良いんだからねっ。あー…考えただけで寒気が走る!鳥肌が立つ!」
 ぶるぶると震える合原さんとお友だちさんたち。
 側で成り行きを見守って下さっていた、音成さんと美山さんも、「あー…」とか「う……」とか言って顔を青ざめさせ、身震いなさっておられる。

 「そうですか〜?とっても素敵な先輩さんたちでしたよ〜」
 
 俺は、笑うことしかできなかった。



 2010-01-12 21:04筆


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