66.のんびりお母さんの知らない所では…(2)


 「昴く〜〜ん〜〜…!!」
 「おはようございます、理事長。お騒がせしているお詫びに、『HOTEL KAIDO』の『puti bijou』特製マカロンとカフェオレはいかがですか」
 「わぁ、美味しそう!カラフルなマカロン!クリームだけじゃなくて、いろいろ挟んである〜!流石『HOTEL KAIDO』、やっぱり好き!」
 「理事長から向かって左から、カシス、キウイ、シトラス、フランボワーズ、ショコラ、ストロベリー。中にはそれぞれ、フレーバーに合わせてコンフィチュールや果実、木の実等が入っております。一押しはショコラ。ダークチョコレートを使用し、中のクリームも砕いたチョコレートも甘さ控え目に仕上げ、かりっとローストし細かく砕いたナッツ類がアクセントになった、甘い物が得意じゃない方にもお勧めの逸品です」

 「え〜じゃあ、それにする!」
 「かしこまりました。カフェオレには甘味を加えておりません。マカロンと一緒に召し上がれ」
 「頂きまーす……うーん…しっかりエスプレッソが利いてほろ苦いけど、濃厚ミルクでまったりカフェオレに、甘いけど悪魔的にビターなマカロンが合う〜…永久連動だ〜…マカロン・カフェオレ・マカロン・カフェオレ……」
 「大人の理事長にはカシスも是非お召し上がり頂きたい逸品です。芳醇なワインの様に味わい深いカシスを、生地にもクリームにもふんだんに盛り込み、ブランデーで煮込んだカシスのコンフィチュールを合わせた、大人の男性にこそ食べて頂きたい至極のスイーツです」
 
 「綺麗な色だね……って、違う!!違うよ、昴君!!美味しいお茶でごまかそうったって、そうは問屋が卸さないんだからねっ!!」
 金彩が施された、磨き抜かれて光り輝くお皿に盛られたスイーツと、アンティークの清廉とした真っ白なオーレボウルが乗ったテーブルが、がたりと揺れた。
 勢いよく立ち上がった本人が、おろおろとテーブルを押さえ、綺麗なお菓子とお茶にダメージがないかと視線を彷徨わせている。

 「っち……駄目か…」
 「聞こえてるし!!聞こえてるし、舌打ち!!そんなの、男前が台無しなんだからねっ!!」
 「お褒めに預かり光栄です」
 「何、その歯磨き粉のCMに出られそうな爽やかな笑顔…!!くっ…昴君の男前〜!!イケメン〜!!美形〜!!頭身平均超え〜!!185センチ〜!!」
 「理事長、悪口になってませんよ」
 「だってだって…昴君ったら、非の打ち所がないんだもの〜!!こうなったら褒め殺し攻撃しか…!!」
 「はいはい…んなの、痛くも痒くもねえですから、ちょっと落ち着いて。エスプレッソでも入れましょうねー」
 「うう……濃い目でお願いします」
 「はいはい」

 朝1番で、理事長室にお呼出し。
 最早、何回目かもわからなくなるぐらい、珍しいことではない。
 お呼び出しの度、戦々恐々とするのは周囲の生徒、教職員だけ。
 理事長室内という、堅固で豪奢な建物の中で、毎回どんな話し合いが行われているか、知っているのは本人達のみだ。
 勝手知ったる室内、此所の主よりも手際良く動ける人物は、今の所、第100期生徒会長というご大層な役職付きの柾昴しか居ない。
 ぐったりとソファーに背を預けて待っている、結構年上で、学園1のお偉いさんの元へ、新しいエスプレッソがテキパキと運ばれた。

 「い〜香り……」
 「何やら傷心でお疲れの理事長へ愛を込めて」
 「ありがと〜……って、だから違う!!違うよ、昴君!!僕の度肝を朝っぱらから抜いて疲れさせてくれてるのは誰?!複数居るとしても、筆頭は誰?!」
 「理事長、運動不足じゃないですか?良いジム、紹介しましょうか?つか、俺のジョギングコースを毎朝クリアしたら、疲れにくい身体が作れますよ」
 「うーん、そうなんだよね〜…春の新学期ってどうも色々ややこしくて、ついつい…紹介して貰おうかな〜?と言うか、昴君、まだ走ってるんだ?偉いね〜」
 「走るのが1番っすよ。此所では、ね。余計な邪魔入んねえし、山ん中だから清々しいし…」
 「成る程〜…でも、昴君のコースはウルトラスペシャルハードだからな〜…地道にジム選択しようかな〜」
 「それこそ、『HOTEL KAIDO』がお勧めです。特に中央のは、設備充実しまくってますよ」

 「へぇ〜昴君、『HOTEL KAIDO』ホントに好きだよねー僕も好きだけど……って、だからだから、違う!!何の話だー!!」
 「理事長が運動不足で、ついつい悩みがちの疲れがちで困ってるっていう話?」
 「っく…!イケメンのきょとんと小首傾げ、可愛いっ…!!ギャップ萌えスキルまで標準装備なんて、昴君ズルいっ!!」
 「え〜?」
 「また…!!また傾げたっ…!!わざとなのに、可愛く見えるっ…卑怯だ!!って、そうじゃなーくーてー!!そうじゃなくて…昴君、あのねえ!!君が率先して新学期早々立て続けに学園に騒動を巻き起こすなんて、一体どういう事ですか!!きちんと説明しなさいっ!!」

 呼気荒い、必死で権威ある大人の姿を見せようとする十八学園理事長に、昴はにっこり、屈託なく笑いかけた。


 「面白いから?」


 「面白くな―――い!!面白くありません、君以外の誰も面白くないっ!!」
 「そうかなぁ…?3大勢力も1年A組も楽しそうだけどなぁ…」
 「唇に人指し指当てて小首傾げないのっ!!一昔前のグラビアアイドルですかーっ!!そして、一昔前のグラビアアイドルよりよっぽど可愛いーっ!!」
 くすり、と。
 それまで不真面目だった瞳が色を変え、揶揄するでも見下すでもふざけるでもなく、大人っぽく微笑った。
 「不肖者の俺をいつも目に掛け、可愛がって下さってありがとうございます、十八理事長」
 「う…べ、別に、僕は、昴君だって1生徒だし?役職付きだけど?生徒会長だけど?イケメンなのに可愛いけど?今だって怒ってるんですよ?そう、真面目に怒ってるんですからねっ!!」

 親愛の情を浮かべた、人懐っこい笑みは消えない。
 「はい。ありがとうございます。すみません、度々お騒がせして…ただ、いずれにせよ今回は裏で手ぇ回して細かく采配下すより、表沙汰にした方が良い様な気がしたんですよ」
 「……昴君の、野性の勘…?」
 「んー…前陽大に関しては、陽の下へ出した方が良いかなと。誰が見ても明らか、彼は光の下を歩く人間でしょう。あいつに影は似合わない。あの『お母さん』キャラもとっとと学園全体に浸透させた方が良い。どうしたってイレギュラーだ、目立つ存在は隠しても仕方がないでしょう」
 「それにしても、はる…前君が、3大勢力の弁当作りって、どういう事なのかな?意味がわからないし、羨まし…い様な気がする」

 しどろもどろな、家庭の秘密を抱えた理事長に対し、途端に子供らしい表情が戻って来た。
 「理事長には愛妻弁当があるんじゃなかったでしたっけー?」
 「あ、あるけど…!!あるけれども…愛息弁当だってあっ…いやいや、いやいや。昴君が食堂以外で人の作った物を食べるって言うのも、僕にとっては意外中の意外なんですけど!!」
 笑う。
 笑う王者は、まだ子供で、無邪気だった。

 「俺だって自分が可愛いんで。下界ならいざ知らず、此所でプロ以外の誰かが作ったものなんか、怖くて口に出来ませんよ、そりゃ。薬盛られてたらただの悲劇、笑い話にもならねえでしょ。そういうんじゃなくて、前陽大はプロの料理人に成りたいそうですよ。イレギュラーな存在だけに、あいつは下界と近い。
 生徒会の連中も気に入ってるし、実際に食わせて貰ったら、マジ美味かったし。give & takeです。俺らはあいつのプロの道への練習台で、まともに美味い普通のメシを食わせて貰う。尚且つ、俺らの中には偏食な我が儘坊主がわんさか居やがるから、『お母さん』のお陰で食育にもなりそうだ。作る手間の分、食材の提供はするし手が空いてたら手伝う。
 実に健全な関係性ですよ。やましい所が無えから、派手に公表してやったまでです」

 理事長は、納得したものの、まだ不満そうだった(単純に羨ましかった)。
 「ふうん……だけど、一般生徒のはる…前君の負担になるんじゃないかな?彼の内申書は至って普通だったよ?」
 「その辺りはこの書類を見て下さい」
 差し出された、弁当シフトの概要に、理事長は眉を顰めた。
 「ぐぬう…流石、昴君…抜かりない…」
 「こういう事は最初が肝心ですからねー取り敢えず、考えつく問題点は網羅したつもりですし、何か出て来たら直ぐ検討します。……それよりも理事長、俺が気になるのは、1年A組在籍の一舎です。現段階でまともに授業に出てない様ですが?」
 「うーん…彼はね…実際、身体が弱いのは本当だから、授業に出ないのは仕方がないんだけど…――」
 
 話は尽きない。
 彼らには、語るべき物事が、いつでも多く存在していた。



 2011-01--08 23:37筆


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