64.一舎祐の暗黒ノート(2)


 「ね…?ムカつくデショ?」
 「確かに…ムカつき過ぎて気持ちワルい」
 「ナニ青春ドラマ気取ってんだってヤツ?」
 「気に入らねーな…外部から来た新参者が…」
 此所からは、よく見える。
 地上の様子が…校舎前、掲示板周辺の様子がよく見える。
 話し声まで明確に聞こえる。

 尚且つ、彼らの他に人気(ひとけ)がないのが、最大の利点だ。
 階下を見下ろしながら、1番冷めた表情の男が、手にした拡大写真をビリビリと細かく裂き始めた。
 指で出来得る限り、細く細く、確実に写真を裂き続ける男を、取り囲んだ連中は下卑た笑みを隠そうともせずに見つめている。

 「どーする?いつヤるー?」
 「正直、今すぐにでも追い出したいな、アイツ…」
 「やっぱ正攻法かー?あんな平凡相手じゃ勃ちそーにねーけど?」
 「「言えてるー!」」
 下品な嘲笑に、写真に手を掛け続ける男も、にやりと笑みを深くした。
 「まだ、デスヨ。まだ待ってクダサイ」
 「出たよ、ヒロのお預け!」
 「マジかー?俺等、卒業するまでに片付けたいんですけどー?」
 「ははっ、ソレ笑える!」

 心得ている連中の軽口に、男の笑みは途切れない。

 学園中に、呼び掛けて、叫んで回りたい。


 もうすぐ、最高のショーを見せてあげる。
 かつてない、最高のショーを。


 半分になってしまった写真を、うっとりと見つめた。
 カメラに対して、緊張した硬い表情の、朴訥とした少年の写真。
 これを撮った時の気持ちが、手に取る様に伝わって来る様な、少年のわかり易い性格を見事に現した写真。
 この如何にも品行方正で、真面目で、素直な瞳が、真っ赤に染まって泣き濡れる。
 「皆のお母さん」が、あられもない姿で泣き喚き、赦しを請うて狂い暴れ、地に伏す姿は、どれだけ学園の甘露になる事か…

 お前の常識を壊してあげる。
 信じて来たものを壊してあげる。
 夢も希望もない世界へ、墜としてあげる。

 それでもお前は笑うのか?
 「ありがとうございます」と言えるのだろうか?
 「一生懸命頑張ります」と、「よろしくお願い致します」と、闇で這いずり回る立場となっても顔を上げるのか?
 いずれにせよ、何も知らないお前が苦しむ姿は、学園の喜び、俺の暗い愉しみ。
 譲れない。
 今更、譲れない、戻らない。
 計画は、遂行されなくてはならないのだ。

 誰が悪い?
 お前だ、前陽大。

 お前は間違えた。
 己の役割を間違えた。
 『皆に愛されるお母さん』など、この学園には要らない。
 学園の陰鬱を乱す者は許せない、まして外部生なら尚の事。
 恐怖政治の下、狂信的に崇め奉られるべき暴君の3大勢力共、蔑まれ忌むべきオナニー集団の親衛隊共、奴等を只の人間に格下げするなど愚の骨頂、誰にも許されない領域に前陽大は侵略して来た。
 お前が嵐の源になるなら面白かったものを…ストーリーを勝手に書き換えられるのは不愉快だ。
 だから、正して見せる。
 最高に最悪なシナリオを、新たに描いて見せよう。

 そして、前陽大に流されるままに、己の領分を見失った愚か者共にも制裁を。


 「機は必ず訪れマス。誰にでも隙が生じる瞬間が在るデショ?それまで綻びを作っておきますカラ、先輩タチは愉しみに待っていてクダサイナ。卒業の想い出に最高のエンターテイメントにしましょうネ…?」


 いっそ見事に裂かれた写真が、階下に散った。
 バラバラと、風に煽られるままに、あちらこちらへ飛んで行く。
 「「「期待してる」」」
 「ええ…お任せクダサイ」 
 風が、何も知らない素直な瞳を、何処かへ運んで行った。
 「――一舎?こんな所で何をして居る」
 不意な侵入者に、誰もが一切の動揺を見せず、1人を残して速やかに去って行った。

 「十左近センパイ、おはようございますーセンパイこそ、どうされました?」
 作って浮かべた愛想笑いに、騙されてくれる鈍感な人間でない事はわかっている。
 フェイクなのは、お互い様だ。
 「お前、まだあんな奴らとつるんでるのか?」
 険しい表情の最上級生に、軽く肩を竦めた。
 「貴重な情報源なだけデスヨ?俺が誰かと仲良くなるなんて有り得マセン。十左近センパイもご存知の通り、ネ」
 眉間に皺を寄せている、明らかに不審がっている様子に、笑みが止まらない。
 「…情報源は選べ。あいつらは危険過ぎる」
 「ハイ、わかってマスってばー」

 大丈夫ですよ、「今は」、まだ。  
 アナタも忘れた頃、皆が忘れた頃に、最高のショーをお届けします。
 号外じゃ追いつかないぐらいの、とっておきのショーを、ね……?



 2011--01-05 23:55筆


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