61.お母さんと狼ちゃんの距離


 武士道の皆が帰った後。
 リビングのソファーに腰かけて、お茶を飲みながらシフト表をにこにこ眺め、想いつく限りのお弁当計画をメモ書きしていたら、美山さんがやっと帰って来られた。
 「あ、美山さん!おかえりなさい!」
 腰を浮かして出迎えたら、びっくりしたっていうお顔。
 「前…まだ起きてたのか」
 「はいー美山さんが帰って来られるまで、待っていようと想いまして」
 そう言ったら、美山さんの眉間にひとつ、シワが寄ってしまって慌てた。

 「ええと…ご迷惑だったらすみません。一緒に暮らして行く上で、同い年とは言え、寮生活先輩の美山さんを差し置いて、さっさと部屋に引っ込むのはどうかなぁと勝手な判断で…一目お会いしてから休もうかなぁと…」
 あたふたと言ったら、軽く息を吐かれる気配。
 「……わざわざ待ってなくて良い」
 「すみません…」
 なんだか美山さん、お疲れさまのご様子だ。
 部屋全体の空気が、しゅんと落ちこんでしまった。

 しーんと静まり返ったことに耐えられず、もう1度お詫びして、部屋へ引き下がろうと想ったら。
 「……っち…あ――クソっ!」
 急に、美山さんが舌打ちされ、ご自身の前髪をぐしゃあっとかき混ぜて、びくっと肩が震えた。
 わぁ、眉間のシワが倍増!
 お疲れさまな上に、あまりご機嫌麗しくないご様子だ。
 何かあったのだろうか、大丈夫だろうか。
 そもそも今夜は寒いのに、美山さんはどこへ行かれていたのだろう?
 おろおろしていたら、どこかやるせないといった表情の瞳が、俺を見つめた。

 「……悪ぃ…俺は、言葉が足りねーんだ」
 「???ええと…なにごとでしょう?」
 首を傾げたら、ふいっと視線を逸らされた。
 「その…同室だからって、わざわざ俺の帰りなんか待ってなくて良い。俺に気を使うな。お前、朝早いし夜も寝んの早いんだろ。いろいろ、忙しそうじゃねーか…俺、ふらふらしてっから、お前みてーに規則正しい生活っつか…できねーし。クソ、なんつーか…だから!お前はお前のペースで自由に生活すりゃいーって事だ!」
 おお、後半、投げやりに叫ばれてしまった。
 ぶっきらぼうな口調、合わない視線。
 でも、その端正な横顔、頬の辺りがほんのり赤く染まっているようで、しっかりしたしかめっ面だけど、美山さんが怒っているわけじゃないってわかった。

 それに、この感じ…覚えがありますよ?
 中学時代の友だち、武士道の皆…主にやんちゃっ子たちの、出会った初期の反応と似たものを感じます。
 たぶん当たってる。
 美山さんが無口でぶっきらぼうなのは、きっと、ほんのすこし、不器用だからだ。
 不器用さは、優しさの裏返し。
 たぶん、きっと。
 「わかりました。美山さんこそ、新参者の俺にお気遣いありがとうございます」
 「…俺は、別に…んなんじゃねぇよ。大体、お前には武士道が付いてるんだろーが…」

 何気なく聞こえた呟きに、俺ははっとなった。
 「はい…仰る通り、ついさっきまで皆いたんですけど…美山さん、もしかして武士道に気を遣って…いえ、そんなことより、俺の友だちが毎日ワイワイ来ていたら、お部屋に居辛いに決まってますよね…」
 俺ったら…!!
 当然のこと、同居人に配慮すべきこと、うっかり抜けまくってた…!!
 遊びに来てくれる皆に、罪はない。
 諸悪の根源は、俺じゃないか!!

 「すみません…!!当然の然るべき礼儀を厚かましくど忘れして…!!美山さんが皆さんの知り合いであることに甘えた何たる失態、前家の末代までの恥…!!この恥辱、どう償えばいいものやら…!!かくなる上は腹を切るに等しい1週間の絶食・絶料理に挑まねば、男子たるもの、お天道さまの下に立てません!!どうか、此れにてお慈悲を…!!」
 ペコペコ謝罪したら、美山さんはぽかんとなさって、それから焦った様子で首を振られた。
 「んな大ゲサな…」
 「いいえ!!どうか、」
 「いーって言ってんだろーが!…いや、俺は元々部屋にあんまり居ねーし。お前はお前で好きにやれ。俺は俺で好きにやる。それが1番良いだろ。どの部屋の連中も大概そうしてる。この学園の奴等は個々に踏み込まねー。……その代わり、集団に埋没したがる…」
 「美山さん…?」
 「っち…何でもねー。俺はもう寝る。じゃあな」

 今夜の美山さんは、舌打ちが多い。
 何かあったんだろうか。
 聞きたいけれど、今は聞けない。
 すたすたとお部屋に向かわれる、スレンダーだけど、俺よりしっかりした背中。
 時間がもっと過ぎれば、俺と美山さんのこの距離、縮まるだろうか?

 「あ、美山さん、夕食は召し上がられました?」
 「…てきとーに食った」
 「そうですか…あの、一応ごはん作ってあって…明日にでも召し上がってください」
 「…前」
 「あと、お風呂お先にどうぞ!」
 そう言ったら、肩越しにしかめっ面が振り返った。
 「俺の事は放っとけ。お前、気ぃ遣い過ぎ」
 呆れたため息に、笑って見せた。

 「ですから、俺は美山さんの仰る通り、好き勝手に自由にしているんですよ?同室者が不健康な生活を送っているようだったら、申し訳ありませんが放っとくわけには行かないのが俺の性分なんです。それに美山さんだって、俺のことを気遣ってくださっているじゃありませんか。お風呂ルールもまだ決まってませんしね!いつも譲って頂いてばかりでは、俺の面子が立ちません!」

 呆気に取られたお顔、ってやつだろう。
 わずかな驚きはすぐに消え、苦笑が返って来た。
 「っとに、変なヤツ…」
 「お互いさまじゃないですか?」
 「お前な…ったく…俺にんな口聞くの、お前だけだ」
 「そうですかね〜?他にも大勢いらっしゃるかも知れませんよ?」
 「武士道は良い教育してんだな」
 「いいえ、違います。俺が武士道を教育しているんです」
 「…だな」
 「そこは否定してくださいー」

 しばらく、軽口を叩き合って、美山さんは息を吐かれた。
 「わかった。じゃ、今日は俺が先に風呂行く」
 「はい、どうぞ!」
 「…メシも……サンキュ」
 「どういたしまして!」
 再びすたすた歩き始めた美山さんに、おやすみなさいと。
 「あ、美山さん!俺のお弁当シフトが決まりまして…一応、冷蔵庫に貼っておいてもよろしいでしょうか?」
 一瞬、肩が揺れたように見えたけど、気の所為かな?

 黙って頷かれた美山さんから、ちいさな呟きが聞こえた。
 「……オヤスミ」
 「はい、おやすみなさい!また明日!」
 今度こそ、お部屋へ入って行かれた美山さん。
 さーて、俺も美山さんが上がるまでに着替えの用意して…お弁当計画、ガンガン練らなくっちゃ!



 2010-12-31 22:11筆


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