58.た、たこって…!


 程なくして、すっかり照明が落ちた、どこだかの建物の渡り廊下が見えて来た。
 外から廊下へ入る位置に、黒々とした人影がたむろしているのが見えて、なにごとかと想ったら武士道の皆だった。
 俺に気づいてくれたのか、揃ってぶんぶん手を振り始めた。
 「はると〜!」
 「はるる〜!」
 「「「「お母さあ〜ん!!」」」」
 やっぱり武士道だ。
 その声を聞いて、なんだか、ひどく安心した。
 おかしいな…お昼に会ったのに。
 奇妙なぐらい懐かしく感じるのは、とても濃い1日だったからだろうか。

 「みんな〜!お待たせ〜!」
 駆け寄ろうとしたら。
 「ぐえ?」
 軽く首根っこを掴まれ、何かに引っかかりでもしたのかと後ろに視線を向けたら、日景館先輩だった。
 「俺の役目は此所までだ。返して貰おうか」
 「あ、はい…!すみません、うっかりしてました。こんなに寒い中、わざわざ送ってくださったばかりか、ブレザーを貸してくださってほんとうにありがとうございました。とっても助かりました!」
 「大した事じゃない。じゃあな」
 俺からブレザーを受け取るなり、それを羽織りもせず腕にかけ、素早く退散なさろうとする先輩を、今度は俺が引き留めた。

 「あ、日景館先輩!あの…先輩の好きなおかずは何ですか?」
 他に掴む所がなかったものだから、伸びないように気をつけながら、カーディガンの裾をちょこっとだけ掴ませてもらった。
 「は?おかず…?」
 「はい、ささやかで恐縮ですが今日のお礼に…お弁当シフトが稼動次第、生徒会さんの日に、何かお好きなものを用意させて頂きたいと想って…他のもののほうがいいでしょうか?」
 軽く目を見張っておられた先輩。
 ぱちくり、数回瞬きをした後、無表情にひとこと。


 「たこのウィンナー」


 たこのウィンナー…?!
 想わず、まじまじと日景館先輩を見上げてしまった。
 夜目にも淡く透き通るような、先輩のふわっとした長めの亜麻色の髪、上品な物腰は、どこからどう見ても王子さま、「プリンス」そのものでいらっしゃるのに。
 たこのウィンナー?!
 たこの、ウィンナー!!
 好きなお弁当は何ですかって聞いたら、「そうだな、キューカンバーサンドウィッチや、サーモンのキッシュが好きだ」とか仰りそうな御方が、たこのウィンナーって…!!

 「……ぷっ…」

 悪いと想いつつも。
 俺は後輩なんだし、外部から入学して来たばかりなんだしと、わきまえつつも。
 入学時から案内して頂いたり、とてもお世話になっているんだからと。
 まして、相手はこの学校のアイドルさまなんだからと、想ったのだけれども。
 申し訳ありませんが、噴き出すのは止められず、そのまま笑ってしまいそうになるのを必死で堪えるのが、最低限の礼儀になってしまいました。
 「……ぐっくくく…た、たこ…!王子さまなのに、たこ…!あ、いや、あの、すみませふふふっ、うっうん、ぐぅっ……ええと、かしこまりました、た、たこのウィ、ウィンナーですね…!必ずや先輩用に用意を…くくくっ…」

 咳払いしても止められなくて、先輩のお顔と視線を合わせることも叶わなくて、かろうじて約束を言い切ったら。
 「……笑うな」
 頬をつねられた。
 それも両頬、軽くだけど、つねられた。
 「いひゃいでひゅ、せんぱい…」
 つねられながら見上げたお顔は、夜だから定かではないけれど…かすかに、ほんのり赤い…?
 照れたような、拗ねたような表情で、ほんの僅かな時間、俺の頬をつねった後、ぷいっと横を向かれてしまった。
 
 「……別に、良いだろ…たこのウィンナー、凄かったし美味かった」

 か…
 かわっ……

 「……先輩、かわい、」
 「黙れ、後輩」
 「…はい、すみませんでした」
 ぎろっとこちらを睨まれる日景館先輩、けれど、すこしも怖く感じないのは、やっぱりその頬や目元が赤いからだろうか。
 恥ずかしさをごまかすように眉を顰められ、またもぷいっとやられてしまった。
 もう、どこまでもお可愛いらしい。
 アイドルさまの中でも大人びて見える王子さま、クールな印象が強い先輩が、たこのウィンナーがお好きなど意外性があると、ほんとうにお可愛いらしい。

 「俺はもう行く。…約束、忘れるな」
 「は、はい…必ずやたこのウィンナーを…うくくっ…」
 「……まだ笑うか…?」
 「……いえ、もう大丈夫ですとも!すみませんでした、ふふっ…あ、いえ、あの…俺の所為でお帰りが遅くなってしまってすみませんでした。お気をつけてお帰りくださいね」
 「…じゃ」
 わぁ、最後に睨まれてしまった、けれども全然怖くありませんから。
 和やかな気持ちで一礼し、見送っている内に、いつの間にか武士道の皆が怪訝な顔で近寄って来ていた。

 「「「「「「ばーか、ばーか、りっちゃんのばーか!!」」」」」」

 と想ったら、なんたる暴言を!!
 それぞれ、イーっとして見せたり、中指を立てたり、親指を地面に下げたり、やんちゃモードで額に青筋を浮かべている。
 「こら!!学校の代表を務める御方に、そんな子供っぽいことするんじゃありません!!」
 「「「「「「ぶ〜」」」」」」
 まぁ、集団でムクれて!!
 そういう所、武士道のかわいさでもあるけれども、日景館先輩に対してなんたる無礼!
 久しぶりにデコピン乱れ打ちしかないようだ…

 「馬鹿はソッチだ、南区止まりの武士道ちゃん…?」
 って、先輩…!!
 先輩まで、王子さまの外見で中指立てちゃって、悪どいお顔!!
 「「「「あぁ″?!」」」」
 「莉人〜…言ってくれんじゃん…?ど〜する〜、そーちょ〜?」
 「今度『下界』で会ったら覚えてろ、莉人。昴ごとぶっ潰してやんよ」
 「「「「覚えてろ〜!」」」」
 あーあー…
 日景館先輩はそれには応えず不敵な笑みを浮かべ、いずこかへと去って行ってしまった。
 野次を飛ばす武士道の面々、それぞれに軽くデコピンを与えながら、後ろ姿を見送りつつ願った。

 ブレザー、ちゃんと着てくださいね…。 



 2010-12-26 22:14筆


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