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 山の夕暮れは早い。
 窓から見た時は、まだ夕陽の姿が見えていたのに、日景館先輩が来てくださって、すこしお話している間にもうまっ暗だ。
 びゅうびゅうと吹き抜ける風は、とても強くて冷たい。
 盛りを過ぎた桜を吹き飛ばして、もっと春を連れて来なくちゃ!と言わんばかりの強い風。
 わー、今夜は寒いなあ。
 夕飯はあったかいものがいいな。
 ごはんのこと、お腹を空かせているだろう武士道のことを考えながら、なるべく風が当たらないように首をすくめて俯き、早足の先輩に続いて歩いていたら。
 ばさっと、肩に暖かい気配。
 
 なんだろうと、顔を上げたら、俺のものより1回りほどおおきな、まだ体温残るブレザー。
 もしやと先輩を見上げたら、この辺りはほんとうに外灯が少なくて暗いため、どんな表情をなさっているのかよくわからなかった。

 「羽織っていろ。山の上は冷える。春とはいえど今後は油断するな」
 「え、あの…お気遣いはとても有り難いのですが、先輩だって寒いでしょう…?俺、大丈夫ですから…」
 すぐに歩き始めた先輩は、制服のカッターシャツにベージュのカーディガン姿。
 あわあわとブレザーをお返ししようとしたら、すげなく断られた。
 「どうせ武士道の待機場所まで直だ、そこからの事は俺は知らない。何が何でも前陽大を無事に送り届けて来いと、皆から言われている。道中で風邪でも引かれたら俺の面子が立たん、奴等に微塵の弱味も握られたくないんでな。気に病むな、俺はこの山暮らしに君より慣れている。それに、単純に課された務めを果たしているだけだ」

 断る間のない仰りように、はあと頷くしかなかった。
 「では、お言葉に甘えて…武士道と会えるまでお借りしますね、ありがとうございます」
 「礼には及ばん」
 それきり、黙々と歩き続ける日景館先輩。
 どこか心細く想う程冷たかった強い風が、肩にかけられたブレザーのお陰で和らいで感じた。
 5日前、初めてお会いした時、キラキラの王子さまのような容姿の御方だなあって想った。
 先輩の通り名も、「プリンス」みたいだし…ぶっきらぼうなお言葉は先輩の素かも知れないけれど。

 「ふふ…」
 想わずこぼれた笑い声に、俺の前を行く先輩は耳聡く反応なさった。
 「何を笑っている?」
 「あ、すみません…あの、日景館先輩って、ほんとうに王子さまみたいにお優しい御方なんだなあと想って、つい…」
 「……馬鹿にしているのか」
 「いえいえ、とんでもないです!そうではなくて…すみません、俺、語彙が少なくて、どう言ったらいいか…お気に触ったようでしたら、ほんとうにすみません。ただ、先輩は優しいなあって想っただけなんです」
 夜目にも、先輩が眉を顰めて、気色ばんでおられるのがわかった。

 「俺は、優しく等ない」
 言葉を返そうとした時、前方が急ににぎやかになり、俺は迷うことなく先輩の背中にさっと身を潜めさせて頂いた。
 「っち…テニス部の幹部だな…」
 先輩のどこか不穏な呟きが聞こえたが、勿論返事はできない。
 なにごともないように、変わりなく足を進める先輩に、そろそろ付いて行くだけだ。
 楽しそうにおしゃべりなさっておられる生徒さん方に近づいた時、皆さん顔を上げられて、途端に真っ赤になってしまった。
 「プリンス…?!」
 「副会長様…!!」
 「え、莉人様…!?」

 それぞれの驚きの反応に、先輩はきっと、この上なくにっこり微笑まれている(のだと想う。背中越しの雰囲気でなんとなくわかる)。
 「やあ、こんばんは。君達は…テニス部の?」
 「「「は、はいっ!こんばんはっ」」」
 動揺して上ずる皆さんに、先輩の笑顔はますます深まっている(のだと想う)。
 「こんな遅くまで練習かな?テニス部は確か、近々練習試合だったっけ…ご苦労様。今宵は随分冷え込む様だ、もう暗いし気を付けて帰ってね」
 「「「はい!ありがとうございますぅ〜」」」
 とっても嬉しそうな、元気な皆さんだ。
 先輩に会えて、すっごくうれしいんだっていう気持ちが、背中にいる俺にも伝わって来る。

 「あのぉ〜…プリンスはこんなお時間にそんな格好で…生徒会のお仕事ですか?」
 このまま事なきを得て、この場を後にできるかと想ったら、お1人の方が問いかけられた。
 先輩は何ら動ぜず、キラキラの笑顔をキープしたまま(だと想う)。
 「あぁ、親衛隊関連で少し。想ったより時間が掛かったものでね…すぐに済むと想ってブレザーは生徒会室に置いて来たんだけど、見通しが甘かった様だ。急がないと昴に締め出されてしまう、お先に失礼するよ」 
 「「「そぉなんですかぁ〜お気を付けて!お仕事お疲れ様ですぅ〜」」」
 「ありがとう。君達も気を付けて。おやすみ」

 もしや、最後にウィンクでもなさったのではないだろうか。
 「「「きゃー!!!」」」
 歓声を上げて、今にも踊り出しそうなスキップで、生徒さん方はどこかへ去って行かれた。
 遠ざかって行く足音と、明るい、華やかな話し声。
 「どぉしよ〜!!プリンスに会っちゃった〜!!」
 「ね、ね?!僕の言った通り、遅くまで練習してて良かったでしょぉ?!」
 「莉人様…僕らの試合の事まで知ってて下さったよぉ〜」
 わあ、皆さん、先輩に会えてとっても嬉しかったんだなぁ。 

 当のご本人さまは、また早足で歩き始めた。
 引き続き付いて行きながら、俺は先程の話題に戻した。
 「俺の勝手なエゴかも知れませんが…やっぱり、日景館先輩は、とっても優しい方だなあって想います」
 「どこがだ。君も見ていただろう。俺は上辺ばっかり取り繕って、口先だけの腹黒い人間だ」
 無表情なお声に、見えていないだろうけれど、きっぱりと首を振った。


 「いいえ。上辺だけ、口先だけの御方が、寒いとも言っていない俺にブレザーを貸してくださったり、いくら生徒さんの上に立つ生徒会さんとは言え、無数にあるクラブ活動の練習試合を把握しておられるなんて、無理があります。
 先輩の素のお顔は存知あげておりませんが…皆さんの期待に応えるように、皆さんのイメージを裏切らないように、ちゃんと接してあげる先輩は、接客業を心得ているプロの仕事人、にも見えます。そりゃあそうですよね、アイドル…いえ、生徒会さんは接客業の最たるもの、と言えるかも知れません。
 皆さんの要望や期待に応えながら、学校の秩序を守る…その為に笑顔は惜しまない。人に笑いかけられる御方は、とても強く、勇気があると想います。たとえ、仕事の上でも義務感からでも、誰にでも笑いかけることにはこの時代、とても勇気が要る。それに、誰だって、自分のありのままを誰にでも見せることなど、そうそうできませんし…日景館先輩も、他の3大勢力の皆さまも、ほんとうにすごいなあって想います。
 それはとにかく、このブレザー、すっごくあったかいです。ありがとうございます!早くお返ししないと、先輩が風邪引いちゃったら、俺は全校生徒さんに申し訳が立ちません。急ぎましょう!」


 先輩は、何か言いかけたみたいだったけど。
 その何かを諦めたように、ため息を吐かれて、早足を更に早められた。
 また、勝手に語ってしまったな…反省しながらも、俺も歩くスピードを上げた。



 2010-12-23 23:58筆


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