54.カラスが鳴くからかーえろ


 すっかり長居してしまった。
 窓の外が夕暮れの色に染まり始めた頃、やっと気づいた。

 先輩方のお話は、その後、割とすんなりと終わった。
 俺が聞かされたことは、親衛隊と3大勢力には、公には明かせない表と裏の顔があるということ。
 裏の顔をご存知なのは、それぞれに限られたメンバーであること。
 (恐らく、仁と一成と柾先輩は、そのメンバーさんなのだろう。武士道幹部はなんにも知らない…?十八さんは?)
 何故だか今ひとつわからないけれど、俺はいつか、そのお話をすべて、誰かから聞かされるだろうということ。

 親衛隊のトップに立ち、統括されているとみた先輩とおりべ先輩は、その事情の為に変装を余儀なくされ、本来の自分を隠して学校生活を過ごされていること。
 俺の存在は、やがて学校内で認知されて行く見通し…???だから、当面は静かにしておくこと。
 3大勢力や学校の人気者さんたちと、集団行動はさておき、ごく個人的な接触は控えること。
 そして、合原さんは、裏の事情を知らないまま、中等部の頃、統括隊長まで昇りつめた、イレギュラーな存在であること。

 合原さんがイレギュラーなのは、本気で柾先輩をお好きだから…

 本来、親衛隊のトップに立つ者は、その秘密を保持する為、3大勢力をほんとうに守る為にも、個人的な恋愛感情を抱くことはタブーなんだとか。
 「仕事」に私情は要らない、ということらしい。
 厳しい世界なんだなぁ……
 けれど、合原さんは実力行使???で、トップの座に就かれた。
 裏のメンバーさん以外の3大勢力さまに気に入られ、後押しされて、誰にも止めることができなかった。
 幸い、柾先輩は強くて聡い御方だったから(やっぱり…)、合原さんが会長親衛隊長になっても問題はなかったそうで、事なきを得たらしい。
 
 …なんだか、切ないお話だなぁ…
 合原さんはただ、ひたむきに柾先輩のことがお好きだから、誰よりも一生懸命、親衛隊の活動を頑張って来られたそうだ。
 それだけに、事情を明かさず泳がせるような状態になっているのは、とみた先輩たちにとっても心苦しいことだと、苦笑しておられた。
 そういう事情だから、合原さんには特に内密に、なにも知らないフリを貫いてほしいとお願いされた。
 知っている情報すべて、なんの隠しごともなく明かすのが友だちではない、言わないほうがいいことは確実にあって、見極めはとても難しい。

 なにもかもさらけ出し、ありのままで在れたなら…嘘を吐いたことがない人生なんて、それは楽だろう。
 でも、それは本人が楽なだけで、周りは振り回されたりする、居心地が悪い想いを抱いたりする。
 馬鹿正直は、正義じゃない。
 けれど、恋心が関わってくると、なんて切なくなるのか。
 
 ほんとうは、いちばん、柾先輩のことを知りたいのは、合原さんだろうに。
 他のファンの皆さんだって、憧れている人、好意を抱いている人のことは、どんなことでも知りたいだろうし、もし困っていることや大変なことがあるなら、側にいてできることをしたい、手伝いたいって想うのが自然だと想う。
 俺だって…恋、とかよくわからないけど単純に、家族や友だちが困っていたら、話を聞くだけでも聞いてあげたいと想う、すこしでも心が軽くなるように労ってあげたいと想う。
 何か俺に隠していることがあって、それは仕方ないとして、とても大変で苦しんでいるのなら、心配になるし側にいたいと想う。
 母さんや十八さん、武士道の皆、ひーちゃん、秀平たち…好きな人たちには、なるべくいつも笑顔でいてほしいから。

 とみた先輩とおりべ先輩も、合原さんは「可愛い後輩」と仰っていただけに、とってもお辛いだろう。
 事情が深すぎて、明かされていないことも多くて、一概には何とも言えない。
 俺などが入学早々、こんな大変なことに関わってしまって、いいのだろうか。
 俺で、いいのだろうか。
 俺に、何か皆さんに対してできることがあるんだろうか。
 買いかぶら過ぎているような気がする、大丈夫だろうか…ご期待に添えなかったとしたら、知ったことは絶対に口外しないとは誓えるけれど。
 
 そんな感傷に襲われながら、とりあえず注意深く静かに過ごしていれば、先輩方が親衛隊をなんとか抑えると仰ってくださって、深刻なお話は終わった。
 後は、のんびりお茶タイム。

 先輩方は、柾先輩と日景館先輩に関する面白いお話を、いくつか教えてくださった。
 俺は俺で請われるままに、武士道と仲良くなったきっかけと、普段の武士道についてお話した。
 そう言えば、3大勢力さん絡みで、お弁当シフトが決まるかも知れないけれど、問題はないだろうかとお聞きしたら、それよりもお弁当に興味を示してくださったものだから驚いた。
 「そのシフトに親衛隊も参加させて貰おうかな…」
 「良いですね…」
 冗談には見えない、本気のお顔で呟く先輩方に、はぁ…と笑っているしかできなかった。
 こちらの簡易キッチンもさることながら、階下のキッチンはそれなりに本格仕様らしい。
 俺はどちらさまのキッチンでもウエルカム、食べてくださるという有り難い御方がいらっしゃる限り、どこにだって赴かせて頂きます。

 そんなこんなで、たのしくお話している間にどんどん時間は経ち、空が暮れ始めた。

 「すみません、長々と…そろそろお暇させて頂きます」
 「「わー、もう5時だ!」」
 ほんとうに、わー!だ、大変だ。
 「でももうちょっとゆっくりしていったら良いのにー」
 「俺達に気を遣う必要はないよ」
 「ありがとうございますー、ゆっくりしたい気持ちはあるのですが…子供たちがお腹を空かせて待っていると想うので…」
 「「リアルにお母さんなんだネ、前君……」」
 「はは…恥ずかしながら」
 そう言ってる間にも、お腹空いたー!とわーわー言ってる、武士道の皆の顔が浮かぶ。
 今日は何の打ち合わせもしていないし、あの子たち、お腹空きすぎたら身内でもケンカし始めるから心配だ。
 
 「また来てねー今度はごはん作ってねー」
 「前君が訪問しやすい様に、親衛隊内の認識を変えておくから」
 「お気遣いありがとうございます。楽しい時間を過ごさせて頂いたばかりか、貴重な事情まで明かしてくださって、どうもありがとうございました。他言無用、男として死守します。またの機会がありましたら、こちらこそよろしくお願い致します」
 ソファーから立ち上がり、ぺこりと1礼したら、先輩方は快活に笑ってくださった。
 「ご丁寧なご挨拶ありがとうございます」
 「こちらこそ有り難う。しかし、暗くなってしまった。送って行くよ」
 「いえいえ、とんでもない!ダッシュして帰ればすぐなんで…寮の方向だけ教えて頂けますか?」

 そう言ったところで、扉をコンコンと、軽快にノックする音が響いた。
 すかさず、とみた先輩が扉に張りつき、神妙な声で問いかけた。
 「…こちら白薔薇の間。合い言葉をどうぞ。『籠もよ/み籠持ち/掘串もよ』?」
 「『み掘串持ち/この岳に/菜摘ませ児/家聞かな/名告らさね/そらみつ/大和の国は/おしなべて/われこそ居れ/しきなべて/われこそ座せ/われこそは告らめ/家をも名をも』万葉集、推略天皇の御製歌(おほみうた)より。…っち…昴め、下らん…」
 「ご名答!オープンザドアー!!……って、何だ、莉人か」
 「……げっ…莉人……」

 ん?!
 日景館先輩?!



 2010-12-19 21:52筆


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