8.国王さまとティーパーティー


 ヴィンテージのウエッジウッドで揃えられた茶器を温め、熱いお茶を注ぎ、上等な座り心地のソファーに向かい合って座り、同時に一息吐いた。
 家にいるみたいだなぁ…そう思った。
 十八さんと、十八さんがきっとこだわって選んだ、家具や雑貨が収まった部屋。
 それだけでここが学校だっていうことを忘れて、ゆったり寛いでしまいそうになる。
 じんわりといい具合に疲れた足腰を、ノビノビしていまいそうになって、いかんいかん!と気を引き締めた。

 …ところを、十八さんに見破られた。
 「はるくん、此所は学園の理事長室という名目の部屋だけど、僕のプライベートエリアだから。はるくんには何ひとつ気兼ねせず過ごして欲しいな。今も、これからも、ね。何せ全寮制だから…長期休暇まで家で顔を合わせる事もなくなるし……ううう……」
 寂しそうに身を縮こまらせて、目を潤ませる十八さんに慌てた。
 「十八さん、わかりました。俺、約束した通りちゃんとメールも電話も欠かしませんし…十八さんのお仕事の邪魔にならないように気をつけますから、またこちらへ顔を見せに来てもいいですか?」

 「勿論!勿論だよ、はるくん…!!いつでも大歓迎なんだからね!!用事なんてあってもなくても良い、はるくんの為ならいつでもスケジュール空けるし!!何なら、『土日祝日は全生徒必ず帰省若しくは実家へ戻るべし』っていう規則を草案しても良いし!!」
 「…十八さん…お仕事に個人的な感情を挟んではいけませんよ〜」
 「……やっぱりダメかなぁ〜……はるくんの入学が決まってからずっと、真剣に考えてるんだけど…」
 しょんぼりする十八さんに、笑顔で首を振った。

 今朝も会ったし、こうして十八さんの本拠地で顔を合わせると、緊張がしゅるしゅると解けていくようだ。
 ほっとできるのは、もうほとんど、家族同然だからかなぁ…お茶を一口いただき、息を吐く。

 俺の父親は、俺が小学校へ上がる前に病気で亡くなった。

 かけおち同然の学生結婚だったらしい両親に、頼れる親類縁者はいなかった。
 父が亡くなった時、まだ二十代半ばだった母は、けれど気丈な人だった。
 朗らかで人付き合いが好きな性質を活かし、水商売を営みながら女手ひとつで俺を育ててくれた。
 母はどうやら、天職に巡り会ったようだ。
 始まりはアパートの近所にあった、ちいさなスナックだった。
 そこで知り合った人達を介して行く内、着実に人脈を築き上げ、最終的には銀座にお店を構える程、その世界ではすこしばかり名の知れたママさんとなった。

 多忙で苛烈なお客さま商売の最中、でも、俺はあまり寂しさを感じたことがない。
 家中いつも、母の明るい笑顔と言葉で満ちていたから。
 どんなに疲れている日でも母は俺の言葉に耳を傾け、可能な限り側にいてくれ、俺のことが大切で大好きなのだと、身を持って現してくれた。
 一生懸命働きながら、一生懸命母親の務めを果たそうとしてくれる姿を見て、とても誇らしかった。
 同時に、俺が大人になったら母に恩返しするんだと心に決めていた。

 それまで、できる限り母の手伝いをしようと。
 ずいぶん長い間、母と俺は助け合いながら、楽しく暮らしてきた。
 けれど、ほんの数年前、異変が起こった。
 決してお客さまと親しくなり過ぎないように、二人の生活へ不用意に他者が入り込まないように…
 家庭へ仕事の気配を入れないよう気を遣ってくれていた母から、どうしても会わせたい人がいると言われて。
 そうして引き合わされたのが、十八さんだった。



 2010-03-26 22:54筆


[ 22/761 ]

[*prev] [next#]
[目次]
[しおりを挟む]

- 戻る -
- 表紙へ戻る -




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -