53.白薔薇さまのため息(1)
面白いヤツだから、手を出すなと言われた。
何のこっちゃ!
けど、「上から」言われた事には逆らえない。
はいはいわかりましたと、俺はただ頷くだけ。
いつも通り、疑問も反論も挟まないまま、快く受諾するだけだ。
昴に間違いはない。
誤った選択など許されない、この学園の中でも一際巨きな家の出自なのだから、昴は。
柾家に属するちいさな家の俺には、彼に従う他ないし、それを良しとする自分が居る。
長年の付き合い…と呼べる程のものではないが、此所で培って来た主従の関係から察した。
誰だって、王者の前には平伏すものだ。
それも、真の王者であるならば尚の事、本能がそれを敏感に察知し、望むも望まざるも自然に頭は垂れる。
しかし、前陽大は、昴に言われずとも興味深い対象だったし、この僅かな邂逅で個人的に惹かれた。
織部も同じだろう。
昴のちゃちでふざけまくった、でも真剣な芝居に付き合うつもりで過ごして来た、下らない学園生活だった。
鬱陶しい変装までして、自分を偽りまくって、偉っそうに配下を率いたりして…大仰に振る舞えば振る舞う程ハマる役、俺が王者から与えられた役柄だ。
芝居している最中はずっと、周囲をバカにしていた。
親にも昴にも言うワケには行かないが、本当は、昴の事だってバカにしていた。
頭を垂れて従う気持ちに嘘はない、だが、こんな事をして何になるのかと。
「俺達」がここまでして、何になる?
何の意味がある?
何が残る?
「俺達」にここまでする意義はあるのか?
どうして後の連中の為に、道を切り開く必要があるんだ。
そんなの知ったこっちゃない。
自ら滑稽な役所(やくどころ)を進んで演じる、昴はバカだ。
それに従い、昴の事は勿論、学園の全てをバカにして腹の中でせせら嘲笑ってる、俺はもっとバカだ。
恐ろしくダサくも細部まで凝った芝居から、俺は後1年でお役御免になる。
長かった、下らない日々が終わる事で、やっと解放されて、「白薔薇様」よりもうちょっと自分らしく生きて行ける。
一般的な、中高で多少は味わう学生らしく青くさい時間は、俺にとって卒業後から始まる。
遅過ぎる、青い春だ。
後もう少し、後もう少し…と、踏ん張って過ごして来た。
数え切れない程おぞましい、トラブルや事件に振り回され、気の休まらない日々が何と多かった事か。
報われるのは、此所を卒業してから。
後もう少し頑張れと、虚しく自分を鼓舞し続けて来た、地道な日々がやっと終わる。
それが、今、報われた様な気がした。
目の前に居る前陽大は、瞳を熱っぽく輝かせて、真剣な面持ちで真っ直ぐに俺達を見ている。
設備も人も、何もかもがド派手できらびやかな学園内に、間違いなく埋もれるであろう、凡庸で突出した所のない容姿…俺の素顔と一緒だ…なのに。
綺麗な瞳だ。
強く、大らかな色を宿している。
嘘偽りない清らかさで、コソコソと暗躍する俺達を、格好良いと言い切った。
俺達がどんな風に此所まで伸し上がって来たか…手段を選ばず汚い事も散々やって来た、大きな正義の為にちいさな悪を看過した事も少なくない。
彼はまだ、この学園の細部を知らない。
知らないのに、知っても変わらないのだろうと、いろいろな事があって当然だとわかっているのだと、信じたくなる瞳だ。
清流も濁流も併せ呑み、それ故、巨きくて深く、うつくしく光る海の様に。
後1年で此所を去る現実が、惜しいとすら想えた。
今まで想ってもみない事だったのに。
前君ともっと早く知り合いたかった。
知り合ったからと言って、何も赦される訳ではないが、それでも、想わずに居れない。
入学式から数えて5日目にして、3大勢力や問題児達の興を惹き、新聞報道部にマークされた前陽大。
この引力を、もっと味わいたいと、自然に想った。
………強烈な優しい引力、それ故に、前君は最も危険な人物だろうとも、親衛隊総括隊長として想った。
2010-12-18 23:02筆[ 216/761 ][*prev] [next#]
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