51.親衛隊とは?
ふと、とみた先輩が「失敬」とブレザーのポケットから携帯電話を取り出し、画面を見て眉を顰められた。
メールだろうか、なんらかのボタン操作をしてから、すぐに仕舞われた携帯電話。
大丈夫ですかと聞いたら、笑顔が返って来た。
「大丈夫!厄介な主君からの何て事ないメールだ、気にしないでくれ。話を進めよう」
紅茶を一口飲み、静かにソーサーへ戻した、その音が開始の合図のように、先輩方のお話が始まった。
「本当の親衛隊について語る時、3大勢力の存在は外せない」
「親衛隊は彼らに属するもの、だからね」
「だけど、前君はまだ、3大勢力の本来の姿を知らない」
「いずれ知らされるだろうけど…それとも、それらしき事は何か聞かされている?」
3大勢力の本来の姿…?
それらしきことは聞かされているか…いたっけ…?
そもそも、3大勢力さんたちと会ったのはほんの数回だから、いずれ知らされるだろうと仰られても話が呑みこめない。
うんうん考えながら首を傾げ、何も知りませんと言おうとしたその時、一成の言葉を想い出した。
『はるる〜、あのね〜俺らはとある「約束事」に縛られているのだ!それが何か今は明かせないけど〜いつか聞いてね?』
『はるる〜…俺らさ、はるるにまだ言ってないことがあるんだけど〜』
『ちょっとね〜…俺らは何にもはるるに隠したくないんだけど〜まだ、「上から」了解出てないから〜今すぐ、言えないんだわ〜簡単に公にして良い事じゃないしね〜』
「あの…関係ないかも知れませんけど、武士道の一成…先輩?から、武士道は『約束事』に縛られているとか、俺にまだ言えないことがあるとか、『上から』了承出たら話せる公じゃないことが何とか…言われたことはあります」
「一成…?ああ、武士道の副長、成勢か。前君は武士道と仲が良いんだったっけ」
「我々の前だからって遠慮する事はない。あの武士道と名前で呼び合う程、仲が良いんだね」
「は、はい…学校外で知り合って、お互いの年齢も何もよく知らないまま、仲よくなったものですから…」
先輩方の前で恐縮だなあと、歯切れ悪く簡単に事情を明かしたら、御2方の目が見開かれた。
「「え?!じゃ、今までお互いの年齢も経歴も知らないまま?!」」
わー、驚きのハモり!
「は、はい…」
おずおず頷いたら、とみた先輩がはあ〜とおおきなため息を吐かれ、おりべ先輩が同調された。
「そんな事があるんだなー…」
「あるんですねー…」
「……恐縮です……」
御2方の驚きっぷりに縮こまっていたら、とみた先輩が微笑った。
とみた先輩の笑顔って、なんだかすごく安心できる。
やっぱり嘘偽りない心からの笑顔が、どんな人にとっても1番いい表情だと想うけれど、この御方の笑顔はなんて言うか、素朴で邪気がなくてほっとする。
「お偉いさん」バージョンの緊張感たっぷりなお姿を、最初に拝見しているから余計だろうか。
「そんなに縮こまる必要はないよ、前君。俺達は幼等部からずっと、殆ど変わらない面子のまま、この十八学園という狭い世界で生きて来た。此所では家柄を筆頭に、成績、容姿が非常に優先され、人間性なんかに日の目が当たる事はない…
俺達にとって大事なのは、誰が何処の家の出自か、将来はどんな立場に就くのか、学園内での立ち位置はどうか、自分の家と釣り合いは取れるか…
それがおかしい、不本意だと僅かにも想っても、幼少時から培われて来た価値観は容易に覆せない。十八を出たとしても、俺達の生きる世界は変わらないから」
「だから、単純に言って羨ましい、かな…武士道の加々野井も成勢も、他の幹部の面々も、それぞれにお家事情があるだろうに、前君は彼等のバックボーンに注目する事なく、素のままの彼等に接して交友関係を築いて来た…お互いに損得を考えない付き合い方が成立する事は、俺達には信じられない。
でも君だからこそ、彼らも心を開いたんだろうね」
微笑う御2方のお顔は、なんだか切なく見えた。
十八学園だけが特別な環境じゃないし、皆が皆そういうわけではなく、これだけたくさんの方がいらっしゃったら、それぞれに負っているものは違うだろうけれど。
俺が通っていた、ごく普通の中学校だって、そういった目に見えてわかるものに価値を置く風潮はあった。
つまり、人はわかりやすいものが好きなだけで、目に見えるものが信じられるだけ、それを突き詰めて拘ると現実に偏り過ぎる。
誰だってほんとうは、温かい人間関係を築きたいはず。
1人で生まれて、1人で死んで行く、圧倒的な孤独を誰もが抱えている。
自分の孤独は自分が負うしかなくて、誰かに分けることはできなくても、お互いを分かち合うことはできる。
利害のやりとりではなくて、ありのままを見て愛してほしい、愛したいのがほんとうじゃないだろうか。
けれど、何も持たず、ありのままの自分を見せることは、誰だって怖い。
その恐怖は、いろいろなものを持っていれば、少なくなる。
身を守る盾や鎧を揃えれば、いざ傷ついた時に応戦できるように、武器も欲しくなる。
そうして身を固めること、自分を守ることは、悪いことじゃない。
たとえば、ファッションもスポーツも音楽もアートも、個性だから。
人が生きていくために生み出してきた文化を、我が身に取り入れることに罪などない。
いろいろなことを知ること、持つことで、人は学び、強く在れる、生きて行く心細さを埋めて行けるのだから。
誰が何をどれだけ持っているか、目に見えるものだけに頼ってしまったら、孤独は大きく広がるばかりだけれど。
どんなことでも、「良い加減」の見極めは難しい。
「つい脱線してしまったな…ごめんね、前君。話を戻そうか。成勢から『いつか話す』旨は聞いてるんだね?」
「あ、はい…それがとみた先輩とおりべ先輩の仰ってることかどうか、わからないのですが…」
「いや、彼が示唆している事と俺が考えている事は同じだと想う。だから余計に、俺の口から3大勢力の本来の姿について、話す事は出来ない。ただ、こう認識しておいて欲しい」
「認識…?」
先程の切ないような表情はすっかり消え、御2方共、不敵に笑った。
「各界有数の子息が集う学園の中でも、とりわけ目立つ存在で構成された、教師からも一目置かれ、生徒から憧れの視線が絶えずに親衛隊まで発足してしまう、けれどお互いの仲が悪い事で有名な『3大勢力』…それはあくまで表の顔で、裏でも、学園にとって非常に重要な役割を果たしているという事」
裏、でも…?
2010-12-15 21:44筆[ 214/761 ][*prev] [next#]
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