47.お呼ばれお茶会、さて?
合原さんたちに連れられるまま、人気(ひとけ)のない渡り廊下をいくつも抜け…俺、ちゃんと帰られるかな?…、やがて校舎から離れた別棟の建物へたどり着いた。
白いコンクリート造りの洋館、レトロな雰囲気漂う2階建ての建物だ。
黒い鉄製の扉の前には2人の生徒さんが立っておられ、合原さんたちの姿を認めると、軽く頷いてカードキーを通し、扉を開け放った。
促されるまま中へ入った途端、がしゃんっと、大きな物音を立てて扉が閉まった、その音にちょっと肩が揺れた。
中は外観よりもっと広々として見えた。
入ってすぐに木製の螺旋階段がぐるりとあり、高い天井、床、壁共にオフホワイト1色、ひょっとしたら以前はまっ白だったのかも知れない。
階段は上がらず、そのまま奥へ向かいながら、合原さんが説明してくれた。
「かつて此所は、理事長のお世話をする使用人の為の建物だったと聞いている」
理事長のお世話をする使用人さん…?!
首を傾げた俺に、合原さんは言葉を続けた。
「昔は理事長一族や教職陣も、高等部敷地内で生活為さっておられたそうだ。その名残は未だに敷地内に残っている。だからショッピングモール等、各施設が充実しているらしい。何時からか理事長以下教職陣は、学園内外どちらからでも出勤が可能になった。大抵は交通が不便だから職員寮に入る様だけど。
余った建物は生徒に自由に明け渡されている。使用人の住居だけに此所は部屋数が多い、だから各親衛隊が集まるには好都合ってワケ」
なるほど、歩く廊下の両端には、十分な距離を空けていくつも扉が並んでいる。
各扉には金色のプレートが掛かっており、それぞれの部屋の用途がわかるようになっていた。
「無門様親衛隊控え室」
「美山様親衛隊控え室」
「共通倉庫」
「資料部屋」
などなど…
親衛隊の皆さまが、真剣に活動なさっている様子が窺えた。
「……着いたよ」
たくさんの扉を隔てた先にある、一際大きなチョコレート色の扉、この向こうはかつて大広間か食堂として使われていたのかも知れない。
そこで振り返った合原さんは、険しいお顔のまま、けれどじっと俺を見つめて、何かを言いたそうに眉を歪めた。
「……心春様、もう手遅れです」
「急ぎましょう」
お友だちさんたちが、労るように合原さんを促し、合原さんは諦めた様に俺から目を逸らした。
「前陽大……お前はお前らしく居たら良いから」
背中を向けたまま、呟くように素早く仰って、ちいさな手が把手にかかった。
「連れて来ました」
「ご苦労様」
開かれた扉の向こうに、唖然となった。
明るい部屋の中は、とてもとても広々としており、まるで…
この部屋だけベルサイユ宮殿…!!
壁紙、床はロココ調だし、家具も調度品もアンティークものだらけ。
窓辺にはたっぷりとしたレースのカーテンと真紅のビロードのカーテンが、繊細な造りのタッセルで留められ、少し開かれた窓から時折吹く風に優雅に舞っている。
探検したい…!!
好みのインテリアではないけれども、好奇心がくすぐられる!!
探検したい…!!
しかし、そこでハッとなった。
広い広い部屋の中、窓辺に設けられた恐らくアンティークのソファーセット、そこに座する方を取り囲むようにして存在している、複数の人々。
ネクタイの色が俺とは違う、つまり、先輩だ。
俺は探検しに来たんじゃなかったんでした。
ええと…確か…
「君が前陽大?」
「は、はい…」
ソファーに座って足を組んで居られる方が、この場でいちばんのお偉いさんなのだろうか。
「平凡そのものじゃないか」
その御方の無表情な言葉に、周囲の皆さんはクスクス笑った。
「はい、そうなんですー自分でもびっくりするぐらい、平凡な顔立ち、平凡な性格、平凡な成績なんですよー」
なんだかウケているようだと、合わせてにこにこしたら、皆さん一斉に怪訝なお顔になり、笑顔を消されたから驚いた。
あれ、何か間違えたかな…?
「…ふん…自覚はある様だね。まぁ良い、そこへ掛けなさい。誰かこの平凡君に特別なお茶を持って来てやって」
「かしこまりました」
お偉いさんの先輩さんに言われて、「では失礼致します」と言い置いてから、向かい合う形でソファーに座った。
うわ…ふかふか…!
腰が沈む〜!
この蔦と葉っぱと花の緻密な模様も、俺には似合わないけれど、とてもキレイだなあ。
寂れたタッチが面映い。
おお、天井にはちょっと触れただけで粉々になってしまいそうな、華奢なシャンデリアがかかっているよ。
「凡人には珍しいだろうね?見た事のない調度に気が浮かれるばかり、って所?それとも落ち着かないだけ?」
「あ、すみません…!初めて入らせて頂いたお部屋を不躾に見回して…とてもキレイなお部屋ですね。想わず見とれてしまいます…探検したいな…」
「…たんけん…?!」
わぁ、しまった!!
うっかり零れた本音を聞き咎められ、いえいえ何でもないです!気の迷いです!と慌ててかぶりを振り、ゴホンゴホンと咳払いした。
先方は俺の名前をご存知のようだが、ご挨拶もまだだし、俺のほうが後輩ですしと、目の前の先輩さんを見つめた。
「はじめまして、こんにちは。この春、ご縁あって十八学園高等部に外部入学させて頂き、合原さんと同じ1年A組に在籍しております、前陽大と申します。合原さんには入学初日からお世話になっております。
入学早々、食堂で騒いだり、新聞報道部さんにスクープされたりと、学校内をお騒がせして誠に申し訳ありませんでした。先輩方の学校生活を邪魔する気など毛頭ございませんでしたが、そのような結果となってしまい、大変遺憾に想っております。どうお詫び申し上げれば宜しいでしょうか…至らない未熟な後輩で恐縮しきりですが、是非ご教授願えましたら幸いです。このように浅慮なことしか申し上げられない我が身が口惜しい所存です、重ねてお詫び申し上げます」
立ち上がり、ていねいに時間をかけて一礼し、顔を上げたら、皆さんぽかんとなさっておられた。
あれ、やっぱり何か間違えてるのかな…?
程なく、お茶を持った先輩さんが戻って来られ、立っている俺とぽかんとなさっておられる皆さんを見て、首を傾げられた。
「…と、とにかく座りなよ!君の処遇についてこれから話す。凡人には勿体ないお茶も用意してあげたしね!」
「は、はい…ありがとうございます」
お偉いさんに言われるままに、「では失礼致します」とお言葉に甘えて、また座り直した。
アンティークのテーブルにことんと、お茶が置かれる。
ご馳走になっていいのかなあと想いつつ、目の前のお偉いさんに、なんだかお目にかかった瞬間から違和感を感じるのは何故だろうとも想った。
「わざわざありがとうございます。すみません、では頂きます」
「どうぞ?君にマカイバリのファーストフラッシュ、初摘みビンテージの価値が分かったらいいけど?」
紅茶にはあまり詳しくないのが悔やまれた。
残念…!
俺はまだまだ勉強不足だなあ…けれども、何やらすごそうなお茶、不謹慎にもわくわくしながら、ティーカップを見て更にわくわく度が高まった。
オールドノリタケのトロフィーカップ&ソーサー!!
キレイだー…ほんっとうにキレイな逸品だー…!!
自然とテンションが上がる。
うつくしいカップの中の紅茶、水色(すいしょく)が薄いような気がしたけれど、きっと気の所為だろう。
わーわー、口当たりも最高のカップだなあと感激しながら、紅茶を一口、二口……ん?!
俺の様子を注視なさっておられた、お偉いさんの先輩さんの眉が顰められたのはわかったけれど、そうっとカップをソーサーに戻した。
「やはり君の様な凡人には、この紅茶もこのティーカップの価値でさえ分からないんだろうね?」
腕組みをするお偉いさん、周りからはクスクス笑いがまた零れた。
「……勿体ない……」
「…は?何だって?」
「……勿体ないです……」
「はぁ?!その通り、お前には勿体ないのさ、何もかも!」
笑うお偉いさんに合わせて笑う周りの方々、しかし、俺はどうしても言わずにおれなかった。
「勿体ないですよー、せっかくの紅茶が…!すこしも活かされていない…紅茶はお菓子作りと同様、とても繊細なものじゃないですか…きちんと計量して、きちんと手順を踏む、ひとつひとつの行程がとても大切で…それさえきちんと守れば、どんな茶葉でもおいしく入れられるし、慣れたら自分なりのプロセスを工夫してもっと親しむこともできる…俺も勉強中の身の上ですから言えたものではないのですが…それにしても勿体ないです。
大変失礼ですが…お湯は水道水を使い、それはもうグラグラに沸かされましたか。茶葉は計量されましたか。ジャンピングしやすいサーバーですか、ポットですか。蒸らし時間は厳守されましたか。最後の1滴まで入れ切りましたか。差し出がましいことを申し上げてすみません、どうしても気になってしまって…」
しーんと静まり返る室内。
ふるふると震えておられる、目の前のお偉いさんの肩。
誰もが、険しいお顔をなさっておられる。
どうも俺は、ここへ来てから、間違いだらけらしい。
いいや、ここだけじゃない、この学校に来てから、だ。
「…前、陽大…」
やがて、お偉いさんが声音を押し殺して、立ち上がった。
「どうやら、君は私と個人的に話した方が良い様だね…?織部(おりべ)だけ付いて来て。後は解散、今後の指示を待つ様に」
「白バラの君…!」
部屋の隅から、合原さんの声が聞こえた。
「心春は黙りなさい。ご苦労様。行こうか」
お偉いさんと、お偉いさんに呼ばれたおりべ先輩さん?だろうか、御2方に連れられて、俺はその広い広い部屋を出た。
2010-12-09 23:49筆[ 210/761 ][*prev] [next#]
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