44.お弁当は誰のもの?
カレーの時といい、今といい、会長さまは一体何者…?!
「…てめぇ…」
わぁ、美山さんの眉間のシワが今まで拝見した中で1番深い…!!
その状態で会長さまに今にも掴みかかりそうだ!
武士道の皆もやんちゃモードに入りかけてる!
「あ、あのっ!!厚焼き卵は手伝って頂きながら作ったのですが、味つけは俺なんです。確かに今日のは甘すぎたな濃かったな、って自分でも想っていて…会長さまが仰った、巻きすで巻くというのは、どういったタイミングなのでしょうか?宜しければご教授願えませんか!」
無理矢理声を割りこませたら、空気が読めていないわけがなく、美山さんたちの変貌を面白そうに眺めていらっしゃった会長さまが、再び俺を振り向いた。
「焼き上がり。熱いまんま、すぐに巻きすに置いて、最初の一巻きだけ締めてからくるっと巻く。巻いたら、そのままボールの口の上とかに置いて、上下共に粗熱逃げる様に冷ますと、料理屋で出すレベルのものが出来る」
「なるほど…わかりました。明日にでもチャレンジしてみます。他にもお気づきの点はありますか?」
「蒸し野菜のソース、梅とマヨネーズと出汁も美味いけど、更にみりん足しても良い。それか、梅とマヨネーズと生クリームで洋風も良いだろ」
「生クリーム…味が柔らかくなるわけですね。なるほど…」
「逆に聞くけど、おからのロールキャベツ、どう作った?」
「よくわかりましたね…あれはほんとうはひじきも入れるんですが、ひじき煮が被ってるんでやめたんです。れんこんと人参と玉ねぎをみじん切りにして、刻んだしょうがと鶏ひき肉とおからと一緒に炒めて、塩、こしょうしたものをキャベツでくるみ、出汁で煮込んであるだけなんです。鶏じゃなくても美味しいし、エビを入れる時もあります」
「ふーん…キクラゲも合うんじゃね」
「そうですね…!食感がよくなって美味しそう…」
「おからの煮つけした時に、ついでに多めに作っときゃ良いよな」
「はい!そうなんです、元々はおから煮のアレンジで…コロッケも好きなんですけど、ロールキャベツでもイケると想いまして」
「コロッケなら、衣はアーモンドや胡麻でも美味いよな」
「ゴマは衣に混ぜることありますが…アーモンド、美味しそうですね」
なんなんだ、この御方は…!
一昨日、不本意ながらお会いした時、『俺の家は普通のメシ』と仰っておられた。
その後、まったく得体の知れない謎の御方なのだと、いろいろな方から注意を受けた。
その通り、昨日1日に起こった出来事で、謎だらけの雲の上の人だという印象を強く持った。
今でも、その印象は深まるばかりだ。
生まれてこの方、箸の上げ下げ以外した事がないといった風格をお持ちながら、会長さまのこの料理の知識はどういうことなのだろう?
ただ知識があるだけ、舌が肥えているだけ、ではない気がする。
実際に料理したことがあるからこそ、日常的に口にするものを気にしているから、実のある言葉なのではないか。
ヤバい。
ことの真偽はさておき、聞いてみたいことが、たくさんある。
お話したいことが、たくさんある。
尽きない。
俺の夢へすこしでも繋がること、関わることとなると、岩清水が湧き出るように欲が尽きない…!
もっと、いろいろなことを話したい。
聞いてほしい、とか。
この人なら、聞いてくれるんじゃないのか、とか。
お忙しいお立場のアイドルさまのリーダー、会長さまに対して、馴れ馴れしく想うべきことではないのに。
尽きない話題の種は、かろうじて俺の胸中にしまいこまれ、会長さま以外の皆さんは怪訝な顔をなさっておられた。
「…以前から想っていたが、昴は時々、謎の知識を披露するな…」
「「こーちゃん、すげー!男のロマン…!」」
「…すげー。」
「なぁ〜んかヤ〜ラシぃのぉ〜…はるちゃん、こーちゃんテキトー人生だから、信用しないほーが良いよぉ〜」
とは、生徒会の皆さんの弁。
「「「「ヤ〜ラし」」」」
「「確かに昴はヤラしい」」
と、武士道の皆はキヒヒと笑っている。
「柾の知識は学力を超えて多岐に渡り過ぎるな」
「「それ故、危険です」」
「しかし、昴が料理して居る姿など、見た事がありませんが?」
と、風紀委員の皆さんは首を捻っておられる。
「「「「会長、なんか怖っ」」」」
と、沈黙を守りながら、ひそひそと囁き合っているのはクラスの皆さんだ。
会長さまはどこ吹く風。
「てめえらこそ、こいつ程極めようとする必要はねえものの、料理を知らない、出来ないでどうすんだ?いつ何が起こるかわかんねえだろうが、まして俺らが居るのは『閉ざされた山の中』だぜ。てめえ1人の食事の面倒も見られねえって、人として立つ事は難しいんじゃね?ま、人も世界も価値観はそれぞれだけど」
会長さまは、どこでだって生きて行けるのだろうな。
会長さまらしく、足場を揺らがせることなく、まっすぐと、立ち続けるのだろうな。
ぶーぶー拗ねたり、しゅんとなったり、無言になったり、わかってると憤ったり、必要ないしと冷めたり、いろんな反応を示す皆さまの中で、そんなふうに想った。
この人、ほんとうに、ものすごく強い。
強い人なんだ。
十八さんが仰っておられた、「柾君は良い子だから」の意味が、今わかった気がした。
なんだかんだで、お弁当タイムは終わった。
すっかり空になった重箱、会長さまから得た知識に、俺は大満足です。
ごちそうさまでした!の音頭を取った後、そこで、一悶着が勃発した。
「前陽大、明日もゆーたちとごはん食べようね!」
「前陽大、今晩もみーたちとごはん食べようね!」
「…はると、ずっと。食べよ、ね。」
優月さんと満月さん、無門さんの無邪気なお言葉に、他の皆さんが食いつかれたのだ。
「「「「ちょ〜っと待ったあ!!」」」」
「はるとは俺ら武士道のもんだ」
「残念ながら生徒会はお呼びじゃないよ〜ん」
「貴様等、待て。風紀委員会としては本格的に前陽大の加入を推す」
「「歓迎します、前陽大」」
「前君が入ってくれると心強いんだけど…どうかな」
「「「「「皆様、待って下さい!前君はA組の生徒です!」」」」」
「簡単に3大勢力の犠牲にはさせらんないよなー、なー美山?」
「…音成とも誰とも組む気はねーが…同感だ」
「皆、バカじゃ〜ん?はるちゃんは俺のだもぉ〜ん!永遠に俺のものだもぉ〜ん!」
「「「「「前陽大の弁当は誰にも渡さない!!」」」」」
ああ、つまるところ、お弁当なのかな。
騒動を見守りながら、そのテーマに気づき、頬がほにゃっと緩んだ。
「俺は構いませんよー」
「「「「「…はぁ?!」」」」」
「いえ、あの…中学の時も同じように、あちこちにお弁当を差し入れたりしていたので…皆さんのいいように予定を組んで頂けたら、1番助かりますー!今回は職員室が入っていないのでちょっと気楽です。あ、ただ…週1は食堂でお昼ごはんを頂きたいので、ご検討頂けたら幸いです。あと、俺、恥ずかしながら2日目にして勉強にかなり不安があるので…慣れるまでと、テスト前などは簡単なものしか作れなくなると想います、どうかご了承願います。夜は武士道の皆で、っていうのが定番化しているのでよろしくお願いします」
にこにこしていたら、騒動が止まって、皆さん、気まずそうなお顔になてしまった。
参加せず、成り行きを見ていた会長さまが、にやっと笑った。
「なら、『3大勢力ミーティング』召集な」
「「「「「…えー…」」」」」
「俺が1番面倒くせえっつーの…曜日単位で公平に決めた方が良いな。後、前陽大にどうやって材料費の寄付するかが問題か…」
「「「「「寄付ー???」」」」」
「あのな…これだけ大人数の食費、こいつ1人に毎日負担させる気かよ…正確にはこいつの保護者だが、お前らに人情は無えのか?つか、その中学ん時はどうしてたんだよ」
「あ、えっと…あちこちで決まったカンパがあって…保護者の皆さんから直接、食材を頂いたことも…あの、でも、ウチの親も公認の夢なので、食材費用に関しては自由にと言ってくれているので、その…お構いなく…」
「構わねえわけあるか。学園内で不必要な現金は持ち歩けないが、何とかなるだろ」
うう…会長さまは、なんでこんなにもお見通しなんだろうか。
はっとして、ザワザワしている皆さまの中、1人、余裕でいらっしゃる。
「話は『全部、決まって』からだな」
「そろそろタイムアウトだ、昴」
その時、黙しておられた副会長さまが、腕時計を見やりながら言った。
「そか。じゃ、行くぞガキ共」
「「「えぇ〜…」」」
「…えー。」
「さっさと歩け!!この俺様をパシらせメシ買わせやがった報いは受けて貰うからな!!」
「買ったのは俺だ…お前は合流しただけだろうが」
「「「「りっちゃん、怖っ」」」」
「…怖っ。」
わーわーと騒ぐ皆さんの背中を追い立てながら、ふと、会長さまが振り返った。
「この間からゆーとみーとそーすけとバカ悠が世話になってんな、サンキュー。マジ助かるし」
「……ご苦労お察し致します?」
「ふはっ、何で半疑問なんだっつの…今日は俺と莉人まで世話んなった。サンキューな」
「いえ…こちらこそ、貴重で的確なご意見をどうもありがとうございました…?」
「ははっ、どういたしまして?」
くしゃっと、頭に触れる手。
この人は、人の頭を撫でるのが趣味なんだろうか。
それとも、俺の頭が手を置くのにちょうどいい位置にあるとか、ひょっとして見下しておられるのだろうか。
「美味かった。ご馳走様」
「……お粗末さまでした」
「いえいえ、とんでもない!急に邪魔して悪かったな。じゃ、またな」
最後に、クラスの皆さんに申し訳無さそうな視線を送って、会長さま率いる生徒会御一行さまは、素早く教室を去って行かれた。
2010-12-06 23:30筆[ 207/761 ][*prev] [next#]
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